労災事故(転倒)で会社に責任はある?慰謝料・損害賠償請求の方法と注意点を弁護士が解説

職場での転倒事故によりケガを負った場合、「労災保険は使えるけど、会社に責任は問えないのでは?」と考える方は少なくありません。
しかし実際には、会社に安全配慮義務違反が認められる場合、労災保険からの補償とは別に損害賠償請求ができることがあります

本記事では、転倒による労災事故について、労災保険からの補償、会社の責任の有無や請求できる損害賠償、具体的な手続きまで、弁護士の視点からわかりやすく解説します。

 

転倒が労災認定される2つの要件(業務遂行性・業務起因性)

転倒が労災として認定されるかは、「仕事との関係があるか」を2つの要件から判断します。

転倒が労災になるかは、単に勤務時間内に起きたかでは決まりません。業務遂行性(会社の支配管理下で起きたか)と、業務起因性(業務に内在する危険との関係があるか)の2つの要件を満たす必要があります。

 

業務遂行性とは何か

業務遂行性とは、労働者が労働契約にもとづき、会社の支配管理下にある状態で起きた災害かどうかをみる要件です。典型は作業中ですが、業務そのものだけに限定されません。

実務上は、仕事に付随する行為も含まれ得ます。たとえば職場内の移動、備品を取りに行く、トイレに行く、業務のために必要な準備をする、といった「通常あり得る行動」は業務の延長として扱われやすいです。

休憩中でも、事業場施設内での行動(休憩室や廊下の移動など)であれば、会社の施設管理と結びつくため業務遂行性が肯定されやすい傾向にあります。一方、休憩中の私用外出などは、支配管理下から外れたと評価されやすくなります。

 

業務起因性とは何か(業務に内在する危険との関連)

業務起因性とは、転倒が業務に内在する危険と関連して起きたといえるか、という要件です。ポイントは「その場所・その作業のやり方に、転倒につながる危険があったか」を具体的に説明できるかにあります。

たとえば床の濡れや油、粉じん、凍結、段差、床材の滑りやすさ、照明不足、荷物やコードの放置などは、環境要因として挙げられます。加えて、急ぎ作業で小走りになった、荷物を抱えて足元が見えない、両手が塞がって手すりが使えないなど、作業態様そのものが危険を高める場合も業務との関連が説明しやすくなります。

反対に、体調不良や持病など私的要因で、業務上の危険との結びつきが薄いと、業務起因性は否定されることがあります。ただし、暑熱・過重労働・休憩不足など職場側の要因が体調悪化を招いたといえる場合は業務起因性が認められることがありえます。

 

「何もないところで転んだ」場合でも労災認定され得る理由

転倒は、つまずいた物や滑った原因がはっきりしないことがあります。監視カメラがなく、床面も乾いて見えると「本人の不注意」と片づけられがちですが、それでも労災認定の可能性がゼロになるわけではありません。

業務中の通常行動中に突然転倒した場合、業務遂行性は満たしやすく、業務起因性も「業務に伴う行動の過程で生じた災害」として評価されることがあります。特に、発生場所が会社の管理する通路や作業場であれば、床の材質や清掃状況、照度、動線設計などを根拠に、業務起因性が認められることもあります。

 

仕事中の転倒で労災と認められるケース

業務中の転倒は、作業や職場環境との関係が説明できるほど労災認定の可能性が高まります。

仕事中の転倒が労災として認められやすいのは、職場の設備・環境、または業務上の行動が転倒に結びついていると説明できる場合です。

転倒した地点の危険要因と、転倒時にしていた業務行動の両方をつなぐと業務起因性が認められやすくなります。

 

作業場所・通路での典型例(滑り・つまずき・踏み外し)

典型例は、床の水濡れや油、洗剤、粉じん、雨水などによる滑りです。清掃直後で床が濡れていた、厨房や工場で油が飛散していた、入口マットがずれていたといった事情は、業務起因性を認めるための根拠になります。

つまずきでは、段差や床の凹凸、欠け、カーペットのめくれ、配線コード、商品や段ボールの放置などがよく問題になります。通路が狭く、やむを得ず障害物を避けながら歩行していた事情も含めれば、業務との関連が明確になります。

踏み外しは、足元が見えにくい状態で大きな荷物を抱えていた、台車を押していて視線が前方に固定された、後方確認を求められる作業だったなど、作業態様が転倒リスクを上げたことによって、業務起因性が認められます。

 

業務上必要な移動・施設利用中の例(トイレ、休憩室、備品の購入等)

業務中の移動は「付随行為」として評価されやすく、転倒でも労災認定につながりやすい場面です。たとえばトイレに向かう途中、休憩室へ移動中、更衣室やロッカーの利用中などは、業務の一連の流れとして扱われることがあります。

また、業務上必要な備品の取得や、業務継続のための飲料購入など、目的が業務に結びつく行動中の転倒は、私的外出よりも業務遂行性が肯定されやすい傾向があります。

重要なのは「なぜその移動が必要だったか」を説明できることです。上司の指示、勤務ルール、作業手順書などと整合する形で、行動の合理性を示すことで、労災認定されやすくなります。

 

転倒の労災事故で受けられる労災保険給付

転倒が労災認定されると、治療費、休業中の補償、後遺障害が残った場合の給付などを受けられます。

労災保険は、仕事が原因のケガについて、治療の負担を減らし、休業中の生活を支え、後遺障害が残る場合にも一定の補償を行う制度です。転倒は軽傷に見えても、骨折や靭帯損傷、脊髄損傷など重くなることがあり、早期に労災保険で治療を進めるメリットは大きいです。

労災保険の給付は一括ではなく、必要に応じて種類ごとに請求します。まず治療(療養補償給付)を確保し、休業になれば休業補償給付、症状固定後に障害が残れば障害補償給付という流れです。

 

療養補償給付

療養補償給付は、転倒によるケガの治療に必要な費用を補償するものです。診察、検査、手術、薬代、通院に必要な範囲の交通費などが原則として対象になります。

労災指定医療機関であれば、窓口で労災保険の利用を申し出て所定の手続を取ることで、自己負担なく治療を受けられます。

労災指定外の医療機関で受診した場合は、いったん全額を立て替え、後から労働基準監督署へ請求して精算します。領収書や明細、通院の記録は必ず保管しておきましょう。

 

休業補償給付

休業補償給付は、療養のため働けず賃金を受けられない期間の補償です。原則として休業4日目以降が対象で、医師の休業の必要性の証明が必要になります。

労災による療養中であること、就労できないこと、賃金の支払いがないことが要件となります。

休業期間中、給料の約80%分が支給されます。

実務で問題になりやすいのは「出勤はしたが実質働けない」「軽作業なら可能と言われた」など就労不能性の評価です。会社の配置可能性や医師の所見と食い違うと問題になりやすいため、症状と業務内容を具体的に医師へ伝え、就労可否の判断を明確にしてもらうことが大切です。

 

障害補償給付

治療を続けても症状が固定し、後遺障害が残った場合に、障害補償給付の対象になります。障害等級(1級から14級)に応じて年金か一時金かが分かれ、支給内容が大きく変わるため、等級認定は重要です。

等級判断では、診断書の記載、画像所見、可動域、神経症状、痛みの持続状況など、医学的根拠が重視されます。主観的な痛みだけでは伝わりにくいので、検査結果や日常生活での支障を客観的に示すことが必要です。

転倒による後遺障害は、関節の可動域制限や慢性疼痛など、評価が分かれやすいものもあります。通院状況、リハビリ内容、症状経過を継続して記録し、症状固定のタイミングも含めて医師と相談しながら進めましょう。

 

会社に損害賠償請求できる場合

労災給付は被災労働者の過失の有無を問わず受けられますが、会社に労災事故について落ち度があるときは、別途損害賠償請求を検討します。

労災保険は、会社の過失がなくても給付される一方、労災保険からの補償は、損害の全てをまかなうものではありません。たとえば慰謝料は原則として労災給付の対象外で、後遺障害による障害補償給付では、被災労働者が被った損害を完全にカバーするものではありません。

そこで、会社側の安全配慮義務違反がある場合、労災とは別に損害賠償請求を検討します。転倒は「本人の不注意」とされやすい反面、職場の危険を放置していた事実があれば、会社に責任が問われる余地があります。

もっとも、損害賠償では過失相殺などで減額されることもあり、見通しを立てるには証拠の収集が欠かせません。労災手続と並行して、会社側の管理状況を示す証拠の確保がポイントになります。

 

安全配慮義務違反

会社への損害賠償請求が認められるには、転倒を防ぐべき義務違反など「会社側の落ち度」を法的に構成・立証する必要があります。

会社に対する損害賠償請求が認められるためには、会社に安全配慮義務違反が認められる必要があります。会社は、労働者が安全に働けるよう、危険を予見して必要な対策を講じる義務があります。

転倒で問題になりやすいのは、通路の確保、床面の管理(濡れ・油・凍結・段差)、照明、滑り止め措置、危険箇所の表示、作業手順の指示、安全教育、保護具の支給といった具体策の有無です。

実際の裁判では、「その危険は予見できたか」「対策を取ることは現実的に可能だったか」「対策を取っていれば事故は防げたか」などが検討されます。単に危ない場所だったというだけでなく、会社が危険を認識できた事情(過去のヒヤリハット、苦情、点検記録の欠如)があると、安全配慮義務違反が認められやすくなります。

 

安全配慮義務違反が問題になる典型パターン

具体的には、危険箇所を認識できたのに放置していたケースです。床の水や油の放置、凍結対策不足、段差の未補修、滑りやすい床材のまま改善がない、通路に荷物が常態的に置かれていたなどの事情は、会社の管理不備として、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。

また、注意表示や教育が不十分で、危険を避けるための情報が従業員に共有されていなかった場合も安全配慮義務違反が認められる可能性があります。清掃手順、立入制限、運搬方法、歩行ルールなどが整備されていないと、労災事故の予見・回避の措置が不十分と評価されることがあります。

さらに、危険な作業方法が黙認されていた場合も、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。時間的に無理な工程で小走りを誘発していた、荷物を抱えて視界が遮られる運搬を常態化させていたなど、作業設計そのものが転倒を生む構造になっていないかを検討します。

 

損害賠償で請求できる費目と金額の考え方

会社に請求できるのは、慰謝料や逸失利益など労災給付で埋まらない損害が中心になります。

損害賠償の費目は大きく、収入の減少(逸失利益)、精神的損害(入通院慰謝料、後遺障害慰謝料)に分かれます。

逸失利益は、後遺障害により将来得られたはずの収入が減ることに対する損害で、一般に基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数で計算します。

基礎収入とは、労災事故の前年の年収のことです。

労働能力喪失率は、後遺障害によって、労働者の労働能力がどれくらいの割合で喪失したかを算出するものです。

労働能力喪失期間は、後遺障害による労働能力が喪失された期間のことで、原則として、67歳から症状固定時の年齢を差し引いて計算します。

ライプニッツ係数とは、労災事故などの損害賠償金に生じる中間利息を控除するための係数です。逸失利益の損害賠償請求では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることなります。その損害賠償金を運用すると利息が生じるので、この利息分を控除するために、ライプニッツ係数を使用します。

後遺障害の等級が重い場合、逸失利益の金額は大きくなります。

慰謝料には、後遺障害が残ったこと自体の精神的苦痛に対する後遺障害慰謝料と、入院・通院を余儀なくされた苦痛に対する入通院慰謝料があります。後遺障害慰謝料については、後遺障害の等級に応じて金額が決まります。入通院慰謝料については、入院の月数と通院の月数から計算します。

 

過失相殺がある場合の注意点(自分にも落ち度があるとき)

転倒の労災事故では「足元を見ていなかった」など被災労働者側の過失を指摘されやすく、過失相殺により賠償額が減額されることがあります。

過失相殺は、労災事故に対して被災労働者側にも過失がある場合に、損害賠償額を割合で減らす仕組みです。転倒の労災事故では、急いでいた、スマホを見ていた、危険箇所を認識していたのに避けなかった、といった事情を、会社側は減額の材料として積極的に指摘してきます。

注意したいのは、過失相殺があるからといって会社の責任がゼロになるわけではないことです。危険箇所が放置されている、通路が確保されていない、注意喚起が不十分など会社側の安全配慮義務違反が認められるなら、一定の減額があっても、損害賠償請求自体は認められます。

過失割合は、現場の危険の程度、危険の見えやすさ、教育の有無、代替ルートの有無、作業上避けられなかった事情などで変わります。労災事故直後に「自分が悪かった」と安易に認める発言や、曖昧な事故報告書の作成は、後から過失割合を不利にしてしまうリスクがあります。

 

損害賠償請求の進め方:交渉・訴訟

損害賠償請求は、まず交渉から始め、まとまらなければ訴訟へ進むのが一般的です。

交渉は、会社に対して労災事故の事実、会社の安全配慮義務違反、損害額の根拠を示し、任意の支払いを求める方法です。迅速に柔軟な解決ができる一方で、会社が責任を争う姿勢が強い場合、交渉が決裂して、裁判手続へ移行します。

訴訟は時間と負担が大きいものの、証拠に基づいて裁判所の判断を得られます。会社側が安全配慮義務違反を否認し、過失相殺や因果関係を強く争う場合、最終的に訴訟でしか決着しないこともあります。

 

証拠の集め方と手続きの流れ(労災事故状況・写真・記録)

労災認定にも損害賠償にも「事故状況」と「会社の安全対策の不備」を裏付ける証拠が重要で、初動が遅れるほど集めにくくなります。

まず労災事故状況の証拠として、転倒現場の写真や動画(床の濡れ、段差、照明、通路幅、標識の有無)、当日の天候、履いていた靴、作業内容、時刻、目撃者の連絡先などを確保します。現場は清掃や配置替えで状況が変わるため、可能なら早期に撮影し、撮影日時が分かる形で保存するのが効果的です。

次に会社側の安全対策の不備に関する証拠として、清掃・点検記録、危険箇所の改善要望のメールやチャット、ヒヤリハット報告、教育資料、作業手順書、掲示物、注意喚起の記録などを集めます。

手続の流れは、治療を受けながら労災申請を進め、休業や症状固定に応じて必要な給付を追加していきます。会社への賠償請求は、労災保険の障害補償給付の受給後に、個人情報開示手続によって、労働基準監督署が集めた資料を入手して、損害賠償額の計算をしてから実施します。

 

介護士が病室のコードで転倒して医療機関に対して損害賠償請求した事例

ここで、当事務所において担当した、転倒の労災事故における損害賠償請求の解決事例を紹介します。

依頼者は、病院で勤務していた介護士でした。

依頼者は、夜勤の際に、病室内の吸痰器の水を取り替える作業をしていたところ、吸痰器の電気コードに足をひっかけて、転倒してしまい、左膝を病室の床に強打しました。この労災事故の時、病室は消灯しており、依頼者は、足元の電気コードに気づけませんでした。

依頼者は、この転倒の労災事故の後、病院を受診したところ、左膝打撲傷、左大腿骨内顆骨挫傷と診断されました。

依頼者は、約10ヶ月間、治療のために、休業し、症状固定後に、障害補償給付の申請をして、後遺障害14級9号の認定を受けました。

この事件において、病院には、次の安全配慮義務違反があると主張しました。

すなわち、労働安全衛生規則544条には、「事業者は、作業場の床面については、つまずき、すべり等の危険のないものとし、かつ、これを安全な状態に保持しなければならない」と規定されています。そのため、病院は、病室の床面に縦横しているコードに従業員が足をとられて転倒しないように、病室の吸痰器の電気コードを床面にテープでとめる、吸痰器を病室の中央に配置しておくのではなく、吸痰器使用後は、病室の端に配置して、電気コードを病室の床面に縦横しないようにする、吸痰器をベッドの上部の壁面に設置する等して、従業員が転倒しないように、病室の床面を安全な状態に保持すべき、安全配慮義務を負っていたにもかかわらず、病室の床面を安全な状態に保持すべき措置を何もしていませんでした。

この安全配慮義務違反を根拠に、依頼者は、病院に対して、合計431万円の損害賠償請求をしました。

病院は、依頼者が転倒したのは、依頼者が病室において注意を払っていなかったことが原因であると、過失相殺を主張してきました。

裁判所は、病院の安全配慮義務違反を認めたうえで、依頼者の過失割合を5割くらいと認定して、和解を提示してきました。

最終的に、判決よりも和解で解決した方が、依頼者のメリットになると判断し、最終的に、病院から140万円の解決金を支払ってもらうことで、和解で解決しました。

転倒の労災事故では、被災労働者にも過失があったと認定され、過失相殺されることが多いため、労災事故の状況から、被災労働者の過失割合が少ないことを、主張立証できるのかがポイントになります。

 

弁護士に相談するメリットと相談のタイミング

弁護士に相談する最大のメリットは、労災認定と損害賠償を一体の戦略として整理できる点です。労災が認定されるか、どの労災給付をいつ請求するか、症状固定や後遺障害等級の見通し、会社にどの法的根拠で請求するかについてアドバイスできます。

特に後遺障害等級は、医療記録と検査結果の積み上げで決まるため、症状固定の前から動いた方が整えられる資料が増えます。

弁護士への相談のタイミングは、労災事故直後から可能ですが、少なくとも、会社が労災申請に非協力的、労災事故原因を本人の責任にしてくる、治療が長引きそう、後遺症が残りそう、会社へ賠償請求を考えているといった場合は、早期が望ましいです。

 

まとめ

転倒が労災に当たるかを整理し、労災保険から受け取れる給付と会社への損害賠償の可否を切り分けたうえで、証拠を確保しながら適切な手続を選ぶことが重要です。

転倒の労災事故は、業務遂行性と業務起因性の要件から労災認定が判断されます。「何もないところで転んだ」ように見えても、環境や作業態様の事情を具体化できれば労災認定の余地があります。

労災が認められると、療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付などを受けられますが、慰謝料は原則として労災保険の対象外です。慰謝料や労災保険からの不足分の補填は、会社に安全配慮義務違反などの落ち度がある場合に損害賠償として請求することになります。

労災認定にも賠償請求にも、労災事故直後の写真・記録・医療資料が必要になります。会社の責任や過失相殺が争点になりそうなら、証拠の確保と手続選択のために早めに弁護士へ相談し、治療と生活再建を優先しながら無理のない形で進めることが大切です。

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