飯森和彦弁護士

略歴

1986年 弁護士登録
1991-1992年度 金沢弁護士会副会長
2014年度 金沢弁護士会会長

 

ごあいさつ

私が弁護士を志したのは、中学生の頃だったと思います。
学校から家に帰って テレビをつけ、よくNHKか何かで洋画を見ていました。

 

そのワンシーンに、か なり意地の悪い高利貸しが、貧しいながらも幸せに暮らす家族のもとに来て、厳しい借金の取り立てをする、一家はそのために窮地に追い込まれていく、というものがありました。

 

まさに、ローンシャーク(loanshark)そのものです。
その ような類のシーンを何度か見たのだと思います。
そのうち「このような弱い人たちを、自分が助けることができないだろうか」と思うようになりました。それが次第に、弁護士への道を進む決意となって行きました。
まったく素朴なものでした。

 

しかしまた素朴ゆえに、その当時の気持ちは今でも消えることはありません。
困った人たちの力になること、その人たちが置かれている状況が困難なものほど、 弁護士として事件にかかわることの喜びを感ずることができます。

 

労災事件について言えば、私は1997年(平成9年)から現在(2019年)もトンネルじん肺裁判にかかわっています。
これはトンネル工事に長年従事し、劣悪な労働環境のために肺機能を侵され、じん肺に罹患した労働者らの代理人として、工事を受注・施工した多くのゼンコンを相手に損害賠償を求める裁判です。

 

全国で同時並行的に行われており、この間、多くのじん肺患者が救済され、国のじん肺防止策も大きく変わってきました。

 

最後に余談ですが、私は休日はスポーツをしたり、音楽を聴いたり、ネイティブの人たちと外国語会話(英語、北京語)をしたり、古典文学・理系の本・漫画 などを読んだりして気分転換をしています。

 

スポーツは夏秋は妻とカヌー、冬は特にスノーボードにはまっています。

 

スノーボ-ドも外国語会話も練習をつめばそれだけ上達してゆくのがわかって、それがけっこう楽しいです。
音楽は中学生時代からロック中心で、最近のものも、60~70年代のものも、日本のものも、海外のものも、聞いています。
そのほか家族や事務所の人たち、友だちとのおしゃべり、自宅での瞑想も気分転換や日々のストレス解消に不可欠ですね。