長時間労働による脳梗塞で労災の後遺障害5級|会社の安全配慮義務違反により約8317万円の損害賠償判決を獲得した解決事例
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1か月の残業時間が80時間から100時間になると、脳出血や脳梗塞といった脳血管疾患や、心筋梗塞や狭心症といった虚血性心疾患を発症し、重篤な後遺障害が残ったり、最悪の場合、過労死に至る危険性があります。
今回ご紹介するのは、長時間労働により、脳梗塞を発症した労働者の方が、労災の後遺障害5級の認定を受けた後、勤務先の会社に対して損害賠償請求の裁判を起こし、判決によって約8317万円を回収した事例です。
事案の概要としては、次のとおりです。
- 傷病名:脳梗塞
- 原因:長時間労働・過重な業務負荷
- 後遺障害:後遺障害5級
- 請求内容:会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求
- 結果:裁判所が会社の責任を認め、約8,317万円の損害賠償を命じる判決が言い渡されました。
労災保険から給付を受けていたとしても、労働者に長時間労働をさせていた会社に安全配慮義務違反が認められる場合には、別途損害賠償請求ができる可能性があります。
労災の後遺障害の認定の後に、損害賠償請求ができるのだろうか、労災保険からの補償だけでは、今後の生活が不安だとお悩みの方は、これから紹介する解決事例を参考にしていただき、ご自身の労災事故における損害賠償請求にお役立てください。

労災事故の概要
依頼者は、運送会社において、タンクローリー車を運転して、毒物や劇物を運搬する業務に従事していました。
労災事故当日、依頼者は、タンクローリー車を運転して、取引先の工場へ行き、車両のタンクに苛性ソーダを充填していたところ、突然倒れてしまい、救急搬送され、脳梗塞と診断されました。
労働基準監督署が、依頼者が運転していたタンクローリー車のアナログタコグラフと乗務記録に記載されていた、出庫時刻、帰庫時刻、休憩時間をもとに、労働時間を調査したところ、依頼者が脳梗塞を発症する前1ヶ月の時間外労働時間数は81時間、発症前2ヶ月ないし6ヶ月における1ヶ月あたりの時間外労働時間数の最大は75時間でした。
脳心臓疾患の労災認定基準
厚生労働省が公表している、脳心臓疾患の労災認定基準では、発症前1ヶ月間に概ね月100時間を超える時間外労働、又は、発症前の2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって概ね月80時間を超える時間外労働が認められた場合、長時間労働によって脳心臓疾患を発症したとして、労災と認定されます。
今回のケースでは、発症前1ヶ月間の時間外労働が81時間、発症前の2ヶ月間ないし6ヶ月間の時間外労働が最大で75時間であり、わずかながら、労災認定基準にとどいていませんでした。
もっとも、依頼者の場合、発症前6ヶ月間のうち、勤務間インターバルが11時間に満たなかった日が22回あり、発症前1ヶ月間は、勤務間インターバルが11時間未満の日が9回もあり、勤務間インターバルが最も短い時間数は4時間50分でした。勤務間インターバルとは、前日の終業時刻から翌日の始業時刻の間に、一定時間以上の「休息時間」を設ける制度のことをいいます。勤務間インターバルが短いと、休息時間を十分に確保することができず、疲労回復できないまま、次の仕事に取り組むことになり、過労状態になります。
また、依頼者の業務は、前日にならないと、運行先が判明せず、さらに運行先にあわせて出発時間が決まるため、毎日のように始業時刻にばらつきがあり、不規則性が認められました。不規則な勤務によって、睡眠時間や食事時間が一定せず、体内時計(サーカディアンリズム)が乱れる結果、自律神経系や循環器系に過度の負担がかかり、疲労が十分に回復しない状態が継続することになります。
そのため、依頼者の長時間労働は、脳心臓疾患の労災認定基準に達していませんでしたが、勤務間インターバルが短いこと、不規則な勤務に従事していたことの負荷要因を考慮して、依頼者の脳梗塞は、労災と認定されました。
脳心臓疾患の労災申請においては、長時間労働をいかにして証明することができるかが、極めて重要になります。タイムカードや出退勤の記録等、労働時間を証明できる証拠をいかにして確保するかについて、検討します。場合によっては、証拠保全手続といって、重要証拠が隠されたり、改ざんされるのを防ぐため、あらかじめ裁判所を通じてその証拠を確実に確保しておく手続きを実施することも検討します。

労災の後遺障害併合5級の認定
依頼者は、労災認定後、後遺障害の申請をするに当たり、適切な後遺障害の等級の認定を受けたいと考え、当事務所へ法律相談にお越しになられました。
依頼者は、脳梗塞によって、高次脳機能障害となり、失語の症状が残りました。すなわち、①短期記憶が悪くなり、自分が行った行為をすぐに忘れたり、人から聞いたことをすぐに忘れる、②数字を数え間違えることが多く、計算を間違えることが多い、③人の名前をよく間違える、④地名をよく間違える、⑤単語を書くことができますが、3つの単語以上を書くことができず、文章を書くことができない、といった後遺障害が残りました。
また、依頼者には、右上肢の片麻痺が残り、右肩の可動域制限が認められました。
そこで、高次脳機能障害と身体性機能障害を根拠に、労災の後遺障害の申請をしました。
結果として、労働基準監督署は、高次脳機能障害について、意思疎通能力と問題解決能力の2つの能力が相当程度喪失したとして、後遺障害7級の3の高次脳機能障害のため、軽易な労務にしか服することができないものに該当しました。そして、身体性機能障害について、後遺障害7級の3の身体性機能障害のため、軽易な労務以外に服することができないものに該当しました。
本件のように、後遺障害8級以上に該当する身体障害が2以上ある場合、重い方の身体障害の該当する等級を2級繰り上げることになるので、依頼者の等級は準用5級となりました。
障害補償給付の内容
後遺障害と認定されれば、労災保険から、障害補償給付を受給できます。障害補償給付の受給ができれば、今後の生活が一定程度安定するメリットがあります。
後遺障害5の場合、給付基礎日額(労災事故前3ヶ月間の賃金の平均額)の184日分の障害補償年金、算定基礎日額(労災事故前1年間の賞与を365日で割った金額)の184日分の障害特別年金、225万円の障害特別支給金が支給されます。
今回のケースでは、依頼者の給付基礎日額は、12,819円でしたので、障害補償年金の1年間の金額は、12,819×184=2,358,696円となり、依頼者の算定基礎日額は、2,564円でしたので、障害特別年金の1年間の金額は、2,564×184=471,776円となり、障害特別支給金は225万円でした。

損害賠償請求
労災の後遺障害の認定を受けた後に、会社に対して、損害賠償請求ができないかについて検討します。その理由は、労災保険からの補償だけでは、労災事故によって被った、被災労働者の損害の全てが補償されないからです。
具体的には、労災保険からは、精神的苦痛に対する慰謝料は支給されません。
また、後遺障害による収入の減少に対応する、労災保険の障害補償給付では、労働者の将来の収入の減少という損害の一部しか支給されません。
このように、労災保険からは支給されない慰謝料や、労災保険からの補償では足りない、労働者の将来の収入の減少の損害について、損害賠償請求ができないかを検討します。
安全配慮義務違反
会社に損害賠償を請求するには、労災事故が起きたことに加えて、会社の法的責任(安全配慮義務違反等)を根拠づけることが必要です。
会社への損害賠償請求は、労災認定があるだけで必ず認められるわけではありません。労災事故が業務中に起きたことに加えて、会社が安全に働ける環境を整える義務を怠ったなど、法的責任を具体的に主張立証する必要があります。
具体的には、会社に安全配慮義務違反が認められる必要があります。安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務をいいます。そして、会社が、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していた場合、安全配慮義務違反が認められます。
例えば、危険作業に対する安全教育が不十分だった、保護具が支給されていない、機械の安全装置が不備、作業手順が形骸化していた、過重労働で注意力が低下する環境だったなど、労災事故につながる会社の管理上の問題が焦点になります。
労災事故が発生した会社に、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していなかったについて、検討します。その結果、会社に労働安全衛生法令やガイドラインの違反が認められた場合、安全配慮義務違反があったとして、会社に対して、損害賠償請求をします。
長時間労働における安全配慮義務
電通事件の最高裁平成12年3月24日判決(民集54巻3号1155頁)では、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」と判断されています。
そのため、会社は、労働時間、休憩時間、休日等について適正な労働条件を確保し、労働者の健康に配慮し、年齢、健康状態等に応じて、労働者の従事する作業内容の軽減等の適切な措置をとるべき安全配慮義務を負っているのです。
しかし、今回のケースでは、会社は、依頼者に対して、過労死ラインを超える、1ヶ月の81時間30分の長時間労働に従事させながら、労働時間の短縮、及び、十分な勤務間インターバルを確保させる等適切な措置を全くとっておらず、その結果、依頼者の脳梗塞を発症させたのであるから、会社は、安全配慮義務を怠ったといえます。
そこで、依頼者は、会社に対して、安全配慮義務違反を根拠に、損害賠償請求をしました。

労災の後遺障害5級の損害賠償請求
さてここから、今回の労災事故における依頼者の損害を計算してみます。
①入院雑費
依頼者の入院期間は、137日であり、入院雑費は、1日当たり、1,500円なので、1,500×137=205,500円となります。
②休業損害
労災事故によって、働けなくなり、会社を休業することによって、給料の支給がなくなる損害を休業損害といいます。
休業損害は、収入日額に休業日数をかけて計算します。収入日額は、労災事故前3ヶ月間の給料総額を期間の総日数で割って計算するので、労災保険の給付基礎日額の計算とほぼ同じです。
今回の労災事故の場合、依頼者の収入日額は、13,307円で、休業日数は452日でしたので、休業損害は、13,307×452=6,014,764円となります。
労災保険から支給された休業補償給付は、給料の約80%が支給されますが、80%のうちの20%は、特別支給金でして、これは、損害賠償請求にあたり、控除されません。今回、控除される休業補償給付は、給料の約60%であり、その金額は、3,453,259円でした。
最終的な休業損害は、6,014,764-3,453,259=2,561,505円となりました。
③逸失利益
逸失利益とは、労災事故がなければ将来得られたであろう収入のことです。逸失利益は、次の計算式で計算します。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入とは、労災事故の前年の年収のことです。
労働能力喪失率は、後遺障害によって、労働者の労働能力がどれくらいの割合で喪失したかを算出するものです。後遺障害5級の場合、労働能力喪失率は、79%です。
労働能力喪失期間は、後遺障害による労働能力が喪失された期間のことです。依頼者の労働能力喪失期間は、13年間でした。
ライプニッツ係数とは、労災事故などの損害賠償金に生じる中間利息を控除するための係数です。逸失利益の損害賠償請求では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることなります。その損害賠償金を運用すると利息が生じるので、この利息分を控除するために、ライプニッツ係数を使用します。労働能力喪失期間13年に対応するライプニッツ係数は、10.6350です。
今回の労災事故で逸失利益を計算すると次のとおりとなります。
6,304,105×0.79×10.6350=52,964,883円
労災保険から支給された障害補償給付のうち、障害補償年金は、逸失利益から控除されますが、障害特別年金及び障害特別支給金は逸失利益から控除されません。労災事件の損害賠償請求において、逸失利益から控除される障害補償年金は、既に受給済みの障害補償年金だけです。
依頼者が既に受給済みの障害補償年金は、合計4,214,258円でしたので、最終的な逸失利益は、次のとおりとなります。
52,964,883-4,214,258=48,750,625円
④入通院慰謝料
入通院慰謝料とは、労災事故の怪我で入院・通院を余儀なくされた精神的・肉体的苦痛に対して支払われる慰謝料です。入通院慰謝料については、入院の月数と通院の月数から計算します。
今回の労災事故では、入院約5ヶ月、通院約10ヶ月でしたので、入通院慰謝料は、2,760,000円となります。
⑤後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料とは、労災事故のケガ治療後に残った後遺障害について、その身体的・精神的苦痛に対して支払われる慰謝料のことです。後遺障害慰謝料については、後遺障害の等級に応じて金額が決まります。後遺障害5級の場合、後遺障害慰謝料は、1400万円が相場です。
⑥損害賠償額
205,500+2,561,505+48,750,625+2,760,000+14,000,000=68,277,630円

裁判の提起
会社に対して、損害賠償請求の通知書を送付し、示談交渉をしましたが、会社からは、何も回答がなかったため、やむなく、裁判を提起しました。
会社は、安全配慮義務違反がなかったこと、長時間労働と脳梗塞との因果関係がないことを争ってきました。
安全配慮義務違反の認定
会社は、依頼者の業務は、休憩時間もあり過重なものとはいえないと主張して、安全配慮義務違反を争いました。
しかし、裁判所は、依頼者の直近6ヶ月間の労働時間は、業務と発症との関連性が強いと評価できる80時間をわずかに下回るのみであり、労働時間自体が非常に長時間に及んでいるとして、会社は、漫然と依頼者を長時間の時間外労働を伴う業務に従事させており、また、依頼者の心身の健康を損なうことがないよう措置を講じるなどしていないことから、安全配慮義務違反を認めました。
長時間労働と脳梗塞発症との因果関係
依頼者が発症した脳梗塞は、心原性脳塞栓症という病名でして、依頼者の心臓に生じた心房細動によって血栓が生じ、それが心臓から、脳へ飛び、脳梗塞が発症しました。
会社は、心房細動が発症する原因は多岐に及んでおり、長時間労働以外の理由で、心房細動が生じた可能性があり、依頼者の心原性脳塞栓症と長時間労働との間に因果関係がないと主張しました。
この会社の主張に対して、当方は、長時間労働が原因で、心房細動が発症することを、医学文献をもとに、主張立証しました。
その結果、裁判所は、長時間労働による睡眠不足、疲労の蓄積、ストレスによって、心房細動が発症するとして、依頼者の心原性脳塞栓症と長時間労働との間に因果関係があると認定しました。
損害の算定
裁判所は、当方の損害の主張を全面的に認め、損害賠償額68,277,630円、弁護士費用682万円を認め、75,097,630円の損害賠償請求を認容する判決をいいわたしました。
さらに、75,097,630円の元金に、約3年7ヶ月間の年3%の遅延損害金が加わり、最終的には、約8317万円を回収することができました。
幸い、相手方の会社は、労災の上乗せ保険に加入していたため、約8317万円の損害賠償について、保険会社が全額支払ってくれました。
依頼者は、労災事故による後遺障害のために、新しい仕事に就くことができず、苦しんでいましたが、約8317万円を回収することかでき、今後の生活の安心を得ることができて、とても満足していただけました。

まとめ
長時間労働による脳心臓疾患の労災事件では、会社の損害賠償責任が認められることがあります。
労働者が過重労働により脳梗塞や脳出血などを発症した場合、会社が適切な労務管理を怠っていたと認められれば、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められることがあります。後遺障害の程度によっては、高額な損害賠償が認められる傾向にあります。
労災認定と民事上の損害賠償請求は別の制度です。
労災保険給付を受けている場合でも、それだけで、被災労働者が被った損害が全て補償されるわけではありません。安全配慮義務違反を立証できれば、会社に対して別途損害賠償請求を行うことが可能です。
証拠の確保が極めて重要です。
タイムカード、勤怠システム、メール、パソコンのログ、業務日報などは、長時間労働を立証する重要な証拠となります。早い段階から証拠を確保することが、適正な賠償を実現する上で大きな意味を持ちます。
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この記事を書いた弁護士
徳田隆裕(とくだ たかひろ)
弁護士法人金沢合同法律事務所 弁護士
2010年弁護士登録。労働者側での労働事件を専門として、解雇、残業、労災といった労働問題で困っている労働者を笑顔にするために、日々弁護活動を行っています。「労働弁護士徳田タカヒロ」というYouTubeチャンネルで、労働問題についての情報発信をしています。
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