労災保険の補償だけでは足りない?会社に損害賠償請求できるケースと方法を弁護士が解説
介護施設で利用者の介助の仕事をしていた時に、職場の床面が濡れていたため、滑って転倒して、腕を床に打ち付けて、腕を骨折しました。
腕を骨折してしまい、肘の関節がうまく曲がらなくなり、10級の後遺障害の認定を受けました。
後遺障害が残ってしまい、日常生活に支障がでており、金銭的な補償が欲しくて、会社に対して、損害賠償請求をしたいと考えています。
労災事故について、会社に対して、損害賠償請求をすることができるのでしょうか。
結論から先にいいますと、会社が労災事故を防止するための安全対策を何もしていなかった場合には、会社に対する損害賠償請求が認められることがあります。
今回は、労災保険からの補償では足りない損害について、会社に対して、損害賠償請求をする方法について、わかりやすく解説します。
1 労災保険からの補償
⑴ 労災保険とは
労災保険制度とは、仕事中の労災事故や通勤災害による負傷、疾病、障害、死亡等に対して、国が補償を行う制度です。
労動者を一人でも使用している会社は、労災保険に加入する義務があり、労動者は、当然に労災保険の適用を受けることができます。
労災保険は、仕事が原因の傷病等を対象としており、労災事故が、労動者の落ち度によって発生したとしても、被災した労動者は、補償を受けることができます。
労災事故に巻き込まれた労動者は、必ず、労災申請をするようにしてください。
⑵ 療養補償給付
労災保険を利用することができれば、労災事故によるけがの治療費が、全額、労災保険から支給されます。
すなわち、無料で治療を受けることができるのです。
労災保険からの治療費の補償のことを、療養補償給付といいます。
労働基準監督署に療養補償給付の申請をする場合、労災保険の様式第5号又は第7号の文書を使用します。
⑶ 休業補償給付
また、労災事故によるけがの治療のために、会社を休んだとしても、休業期間中、給料の約80%分が支給されます。
会社を休業しても、給料の約80%分が補償されますので、安心して治療に専念することができます。
労災保険からの休業に関する補償のことを、休業補償給付といいます。
労働基準監督署に療養補償給付の申請をする場合、労災保険の様式第8号の文書を使用します。
⑷ 障害補償給付
そして、労災事故によって後遺障害が残ったとしても、後遺障害と認定されれば、労災保険から、後遺障害の等級に応じた補償を受けることができます。
労災保険における、後遺障害に対する補償を、障害補償給付といいます。
障害補償給付の申請をする際には、労働基準監督署に対して、様式第10号の文書と、主治医に作成してもらった後遺障害の診断書を提出します。
障害補償給付として、年金若しくは一時金が支給されることで、今後の生活が一定程度安定します。
⑸ 労災申請の手続
労災保険を利用するためには、労災申請をしなければなりません。
労災申請をする場合、ご自身で労働基準監督署へ行き手続をする方法と、会社において労災申請を代行してもらう方法の2種類があります。
労災申請をする際に、厚生労働省の書式に必要事項を記載して、労働基準監督署へ提出します。
厚生労働省の労災申請の書式については、こちらのサイトをご参照ください。
労災申請の請求書を受理した労働基準監督署は、労災事故の状況、労動者の負傷の経緯等から、労動者のケガや病気が、仕事が原因といえるのかを調査します。
労働基準監督署は、調査の結果、労働者のケガや病気が、仕事が原因であると判断した場合、労災と認定し、被災した労働者に対して、労災保険の支給決定を通知します。
労働基準監督署から、被災した労働者のもとに、ハガキが届き、労災と認定されたか否か、いくらの支給を受けられるのかが分かります。
労災保険の支給決定の通知と共に、労動者が、労災申請の請求書に記載した預金口座に、労災保険から、支給金が振り込まれます。
2 労災保険だけでは足りない損害とは?
労災保険から補償を受けることができた後に、労災事故について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
その理由は、労災保険では、労災事故によって被った労働者の損害は、全て補償されないからなのです。
⑴ 休業損害の一部
休業損害とは、労災事故で怪我をし、その治療のために仕事を休んだことで得られなかった収入の損失をいいます。
労災事故の場合、休業補償給付を受給していれば、給料の約80%が補償されますが、約20%は支給されません。
この休業補償給付の約80%のうち、20%分については、休業特別支給金というものであり、会社に対する損害賠償請求から控除されず、休業補償給付の60%分が会社に対する損害賠償請求から控除されます。
そのため、会社に対しては、労動者の休業損害の40%について、損害賠償請求ができないかを検討します。
また、休業補償給付は、休業開始4日目から支給されますところ、最初の3日間の休業損害については、労災保険から支給されません。
そのため、労災保険から補償されない、最初の3日間の休業損害について、損害賠償請求ができないかを検討します。
具体的に、休業損害の計算をしてみます。
毎月の給料が月額30万円、1年間の賞与が60万円、年収420万円の40歳の労働者が、10月1日に労災事故にまきこまれたケースで計算してみます。
休業損害は、収入日額に休業日数をかけて計算します。
収入日額は、労災事故前3ヶ月間の給料総額を期間の総日数で割って計算します。
今回のケースの場合、収入日額は、7月は31日、8月は31日、9月は30日なので、(30万円+30万円+30万円)÷(31日+31日+30日)=9,783円となります。
休業日数が90日であれば、休業損害は、9,783円×90日=880,470円となります。
給料の約60%分である休業補償給付として、498,933円が支給されていた場合、会社に対して請求できる休業損害は、880,470-498,933=381,537円となります。
⑵ 逸失利益
逸失利益とは、労災事故がなければ将来得られたであろう収入のことです。
労災保険の障害補償給付が支給されることで、この逸失利益の一部は補償されるのですが、逸失利益の全てが補償されるのではなく、逸失利益の足りない分について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
逸失利益は、次の計算式で計算します。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入とは、労災事故の前年の年収のことです。
労働能力喪失率は、後遺障害によって、労働者の労働能力がどれくらいの割合で喪失したかを算出するものです。
例えば、後遺障害10級の場合、労働能力喪失率は、27%です。
労働能力喪失期間は、後遺障害による労働能力が喪失された期間のことで、原則として、67歳から症状固定時の年齢を差し引いて計算します。
先ほどのケースの場合、40歳で症状固定となれば、労働能力喪失期間は、27年間となります。
ライプニッツ係数とは、労災事故などの損害賠償金に生じる中間利息を控除するための係数です。
逸失利益の損害賠償請求では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることなります。
その損害賠償金を運用すると利息が生じるので、この利息分を控除するために、ライプニッツ係数を使用します。
27年に対応するライプニッツ係数は、18.3270です。
先ほどのケースで逸失利益を計算すると、次のとおりとなります。
420万円×27%×18.3270=20,782,818円
この逸失利益の金額から、障害補償給付のうち、障害補償一時金を控除します。
障害補償給付のうち、障害特別一時金と障害特別支援金は控除されません。
今回のケースでは、障害補償一時金が2,954,466円であれば、会社に対して請求できる逸失利益は、20,782,818-2,954,466=17,828,352円となります。
⑶ 慰謝料
慰謝料とは、精神的な苦痛を受けた場合に、その苦痛を償うために支払われる金銭のことです。
労災保険からは、慰謝料は一切支給されませんので、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
労災事故の損害賠償で請求できる慰謝料には、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の2つがあります。
入通院慰謝料については、入院の月数と通院の月数から計算します。
例えば、入院2ヶ月、通院3ヶ月の場合、入通院慰謝料は、154万円になります。
後遺障害慰謝料については、後遺障害の等級に応じて金額が決まります。
後遺障害10級の場合、後遺障害慰謝料は、550万円になります。
3 会社に損害賠償請求できるのはどのような場合?
⑴ 安全配慮義務違反とは?
労災事故について、会社が安全対策を怠っていた場合、会社に対して、損害賠償請求ができる可能性があります。
すなわち、労災事故で、会社に対して、損害賠償請求をするためには、会社に、安全配慮義務違反が認められなければなりません。
安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務をいいます。
そして、会社が、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していた場合、安全配慮義務違反が認められます。
例えば、機械に安全装置が設置されていなかったり、労働者に対して保護具を使用させていなかったり、十分な安全教育が実施されていない場合に、安全配慮義務違反が認められることがあります。
そのため、労災事故が発生した会社に、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していなかったについて、検討します。
その結果、会社に労働安全衛生法令やガイドラインの違反が認められた場合、安全配慮義務違反があったとして、会社に対して、損害賠償請求をします。
労災と認定されたからといって、安全配慮義務違反があったことにはなりません。
安全配慮義務違反が認められるかについては、労災の記録をもとに、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していなかったについて、慎重に検討します。
⑵ 使用者責任とは?
労働安全衛生法令やガイドラインを検討したものの、会社の安全配慮義務違反を追及するのが難しい時があります。
そのような場合でも、例えば、会社の従業員が不注意から、機械の操作ミスをしてしまい、被災労働者が、負傷してしまったような労災事故であれば、会社に対して、使用者責任を根拠に、損害賠償請求が認められることがあります。
使用者責任とは、会社の従業員が、仕事中に第三者に損害を与えた場合に、会社もその従業員と連帯して、被害者に対して損害賠償の責任を負うという制度のことです。
この使用者責任は、会社は、従業員の活動によって事業上の利益を得ているため、その利益を得る過程で他人に加えた損害も負担すべきという報償責任の原理、及び、会社は、従業員を雇用することで自己の活動範囲を拡大しているため、その活動に伴う危険も支配する立場にあり、その危険が現実化して第三者に損害を与えた場合に、会社はその責任を負うべきであるという危険責任の原理を根拠としています。
使用者責任が認められるために、次の3つの要件を満たす必要があります。
①事業のために会社が従業員を使用していること
②その従業員の行為が民法709条の不法行為の要件を満たしていること
③その損害が事業の執行につき加えられたものであること
職場における同僚のミスで労災事故に巻き込まれたような場合には,使用者責任に基づく損害賠償請求を検討していくことになります。
4 労災の損害賠償請求のために必要な証拠と準備
労災認定の後に、労働局に対して、個人情報開示請求をします。
個人情報開示請求をすることで、労働基準監督署が集めた資料を入手することができます。
特に、労働基準監督署が作成した調査復命書という文書には、労働基準監督署が労災と認定した根拠が記載されており、損害賠償請求における、安全配慮義務違反や因果関係に関する有力な証拠となります。
次に、治療をしていた病院から、カルテを取り寄せます。
会社側が、労働基準監督署が認定した後遺障害を争ってくることがありますので、カルテを分析して、治療経過や後遺障害に問題がないことを主張していきます。
5 損害賠償請求の手続きと流れ
証拠を確保した後に、会社に対して、損害賠償請求の通知書を送付します。
すると、会社側にも、代理人の弁護士が就くことが多く、代理人同士で交渉を行います。
安全配慮義務違反や因果関係に争いがなく、労動者の落ち度によって、損害賠償額が減額される、過失相殺が争点の場合、交渉によって、損害賠償請求がまとまることがあります。
被災労働者にとっても、会社にとっても、裁判で時間をかけるよりは、交渉で迅速に事件を解決するメリットは大きいです。
次に、交渉が決裂した場合、裁判を提起することになります。
会社側が、安全配慮義務違反や因果関係を争ってくる場合には、裁判で決着をつけることになります。
裁判を起こしてから判決まで、1年から1年6ヶ月くらいかかります。
裁判は、時間がかかりますが、判決で勝てば、遅延損害金が認められて、認容される損害賠償額が大きくなる可能性もあります。
会社に対する損害賠償請求については、専門知識が必要になりますので、労災事件を専門に取り扱っている弁護士に法律相談をすることをおすすめします。
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