過労死の労災認定と損害賠償・慰謝料など【弁護士が解説】
1.過労死とは
過労死とは、業務における荷重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡のことをいいます。
おおざっぱに言えば、働き過ぎによって疲労が蓄積して、脳や心臓の病気を発症して死亡することです。
日本における過労死の件数などを知るには、厚生労働省が毎年発表する「過労死等の労災補償状況」が参考になります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05400.htmly
(「平成30年度脳・心臓疾患に関する事案の労災補償状況」より抜粋)
過労死の労災請求件数は、平成26年度には、763件だったのが、平成30年度には、877件にまで増加しています。
これに対して、過労死が労災と認定された件数は、平成26年度には、277件だったのが、平成30年度には、238件に減少しています。
このように、過労死の労災請求件数は増加しているにもかかわらず、労災認定件数は減少しているため、労災認定を受けるのが難しい状況になってきているといえます。
そのため、過労死の労災請求をする際の弁護士のサポートの必要性が高まっているといえます。
2.過労死の労災認定基準
⑴脳心臓疾患及び虚血性心疾患等の認定基準
過労死の労災認定基準として、厚生労働省は、「脳心臓疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」(平成13年12月12日付基発1063号)を公表しています。
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf
過労死が労災と認定されるためには、この認定基準に記載されている要件を満たす必要があります。
1つ目の要件は、対象疾病を発症したこと、2つ目の要件は、業務による荷重負荷があったことです。
⑵対象疾病
まずは、大前提として、労災補償の対象となる脳・心臓疾患を発症したことが必要になります。
その対象疾病とは、次のとおりです。
①脳血管疾患
・脳内出血(脳出血)
・くも膜下出血
・脳梗塞
・高血圧性脳症
②虚血性心疾患等
・心筋梗塞
・狭心症
・心停止(心臓性突然死を含む)
・解離性大動脈瘤
これらの対象疾病については、死亡診断書などから明らかになります。
死亡診断書に、脳卒中や急性心不全と記載されていても、その原因となった病気が対象疾病以外のものであると確認されない限り、対象疾病と同じ扱いとなります。
また、不整脈による突然死等は、心停止に含めて取り扱うことになっています。
⑶業務による荷重負荷
過労死で労災と認定されるためには、被災労働者が、対象疾病を発症する前に、①異常な出来事、②短期間の過重業務、③長期間の過重業務のいずれかが認められる必要があります。
①異常な出来事とは、具体的には、次のような出来事です。
・極度の緊張、興奮、恐怖、驚がくなどの強度の精神的負荷を引き起こす突発的または予測困難な異常な事態
・緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的または予測困難な異常な事態
・急激で著しい作業環境の変化
①異常な出来事については、発症直前から前日までにこれらの出来事が発生したかがポイントになります。
②短期間の過重業務については、発症前のおおむね1週間前から「特に過重な業務に従事していた」と認められることが必要になります。
「特に過重な業務」とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいいます。
業務の過重性を評価するにあたっては、次の負荷要因を検討する必要があります。
・労働時間
・不規則な勤務
・拘束時間の長い勤務
・出張の多い勤務
・交代制勤務、深夜勤務
・作業環境(温度環境、騒音、時差)
・精神的緊張を伴う業務
これらの勤務の要素は、次の③長期間の過重業務を検討する際にも考慮されます。
③長期間の過重業務については、発症前1カ月間におおむね100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められれば、原則として労災と認定されます。
時間外労働の80時間から100時間が過労死ラインと言われるのは、上記の労災認定基準となっているからなのです。
ここで、1カ月80時間の時間外労働とは、どれくらい働くことになるのかを具体的にみてみましょう。
例えば、午前9時から午後6時が定時で、お昼の休憩が1時間、土日が休日という会社の場合、次のような働き方をすると、1カ月80時間の時間外労働をすることになります。
・平日午後10時まで残業し、土日は完全に休む。
・お昼の休憩が実際には30分しか取れず、平日は午後9時まで残業し、土曜日だけ午前中3時間出勤した。
・平日は午後7時まで1時間だけ残業し、土日も休まず出勤して平日と同じように午前9時から午後6時まで働いた。
このような働き方をしていると過労死するリスクが高まるのです。
実務上、長時間労働の実態を証明して、③長期間の過重業務があったとして、過労死の労災認定がされることが多いです。
③長期間の過重業務では、被災労働者にどれだけの時間外労働が認められるかが重要なポイントになりますので、弁護士は、労働時間をどのように証明するかに知恵を絞ります。
⑷労働時間の立証
過労死事件では、被災労働者が、発症前1カ月間におおむね100時間、または発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働をしたことを証明するために、被災労働者が何時間働いていたのかを明らかにする必要があります。
そのため、労働時間の立証が重要になります。
労働時間とは、「使用者の指揮監督下に置かれている時間」をいい、労働からの解放が保障されていない時間も労働時間になります。
そのため、会社から休憩時間と指定されていた時間であっても、実際に仕事をしていた場合には、労働からの解放が保障されていないので、労働時間になるのです。
労働時間を立証するための証拠としては、次のものが挙げられます。
①タイムカード
②出勤簿
③入退館・入退室記録
④残業申請書
⑤会社で業務上使用していたパソコンのログイン・ログオフ記録
⑥メールの送受信記録
⑦シフト表
⑧スケジュール表
⑨賃金台帳
⑩給料明細
⑪業務日報
⑫出張報告書
⑬タコグラフ(トラック運転手やタクシー運転手)
⑭労働者の携帯電話の発着信・メール送受信記録
⑮日記・メモ・書き込みのあるカレンダー
会社によっては、これらの証拠を廃棄したり改ざんするおそれがあるので、できるだけ早く、これらの証拠を入手する必要があります。
会社が証拠を任意に提出しない場合は、裁判所を通じて証拠を提出させる証拠保全手続を行うことがあります。
証拠保全手続とは、裁判官と共に会社へ行き、会社にある証拠を開示させて、その証拠の状態を記録する手続です。
特に、パソコンのログデータなどのデジタルデータは、時間の経過とともに、消去されるリスクがありますので、パソコンのログデータで労働時間を立証する必要がある場合には、証拠保全手続をすることがあります。
証拠保全手続きを行うためには、早急に準備が必要になりますので、早目に弁護士にご相談ください。
3.過労死が労災と認定された場合の補償の内容
過労死が労災と認定された場合、ご遺族には、労災保険から、遺族補償給付、葬祭料が支給されます。
遺族補償給付としては、ご遺族に遺族補償年金と遺族特別年金が支給されます。
労災保険からは、月額20万円から30万円程度の年金が生涯を通じて支給されるのが通常です。
被災労働者の葬祭を執り行ったご遺族に対して、葬祭料が支給されます。
就学しているご遺族の学費の支払いが困難な場合には、労災就学等援護費が支給されます。
被災労働者の年収やご遺族の人数、子供の年齢によって、支給される年金額が異なります。
例えば、年収が約500万円(給付基礎日額が1万4000円と仮定)、年間賞与が約73万円、ご遺族が妻と子供2人(11歳と16歳)の場合ですと、遺族補償は次のように計算されます。
⑴遺族特別支給金
300万円(定額)
⑵遺族補償年金
1万4000円(給付基礎日額)×223日分(ご遺族3人)
=312万2000円(年額)
⑶遺族特別年金
2000円(年間賞与額÷365日)×223日分(ご遺族3人)
=44万6000円(年額)
⑷葬祭料
1万4000円(給付基礎日額)×60日分=84万円
⑸労災就学援護費
1万2000円(小学生)+1万8000円(高校生)=3万円(年額)
このように、過労死が労災と認定されれば、残されたご遺族に対して、労災保険から一定の補償が受けられますので、過労死のご遺族は、労災請求をすることをおすすめします。
4.会社に対する損害賠償請求
⑴ 労災保険の給付では不十分?
過労死が労災と認定されても、遺族補償給付だけでは、ご遺族の被った全ての損害を填補することにはなりません。
また、労災保険からは、慰謝料は支給されません。
そこで、労災保険の給付では不足する損害分について、被災労働者に長時間労働をさせていた勤務先の会社に対して、損害賠償請求をすることを検討します。
⑵安全配慮義務違反(注意義務違反)
会社は、労働者が生命・身体の安全を確保しつつ労働することができるように、必要な配慮をする業務を負っています(労働契約法5条)。
これを安全配慮義務といいます。
安全配慮義務をもう少し具体的にすると、会社は、労働者の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負っていることになります。
そのため、会社は、労働者が長時間労働によって健康を害さないように、タイムカードなどを用いて労働時間を適正に管理し、働き過ぎの労働者に対しては、勤務を軽減するなどして労働者の疲労が蓄積することがないように配慮しなければならないのです。
会社が、この安全配慮義務に違反して、労働者が過労死した場合には、会社は、損害賠償責任を負わなければならないのです。
⑶損害の内容
①逸失利益
逸失利益とは、過労死がなければ得られたであろう、被災労働者の将来の収入等の利益のことです。
この逸失利益は、原則として、基礎収入から中間利息と生活費を控除して算出します。
基礎収入は、原則として、過労死する前の被災労働者の現実の収入を基礎として算出します。
中間利息の控除とは、将来受け取るはずであった収入を死亡時点における金額に引き直すための計算のことです。
被災労働者が死亡した場合、将来得られるはずであった収入がなくなる一方で、生存していれば発生していたはずの生活費が発生しなくなりますので、消費されたはずの生活費を差し引きます。
生活費控除率は、労働者が一家の支柱であれば、30~40%、その他の場合は、50%くらいが目安になります。
②慰謝料
慰謝料は、死亡に対する被災労働者自身の精神的損害と、ご遺族固有の精神的損害の両方を請求できます。
慰謝料の金額は、被災労働者が一家の支柱の場合は2800万円程度、その他の場合は2000万円~2500万円程度が目安となっています。
⑷労災保険との調整
労災保険による給付を受けている場合、会社が支払うべき損害賠償額から、すでに受け取っている労災保険からの給付の一部は控除されるのですが、将来の労災保険の給付予定分については控除されません。
また、遺族補償給付のうち、すでに受給した遺族補償年金の分は逸失利益から控除されますが、遺族特別年金と遺族特別支給金は逸失利益から控除されません。
慰謝料は、控除の対象にはなりません。
そのため、労災保険から支給があっても、会社に対して損害賠償請求をする意義があるのです。
⑸消滅時効
2020年4月1日から施行された改正民法により、原則として、被災労働者が死亡した日の翌日から5年が経過すると時効によって、損害賠償請求権が消滅しますので、早目に損害賠償請求をすることが重要です。
5.過労死事件は弁護士にご相談ください
過労死事件は、証拠の収集、労災申請、会社に対する損害賠償請求の交渉と裁判など、専門的な知識が要求されますので、大切なご家族を過労死で失われた方は、弁護士にご相談することをおすすめします。
「真実を知りたい」というご遺族のために、過労死事件の労災申請と損害賠償請求について法的な支援をさせていただきます。
なお、過労死事件の弁護士報酬については、こちらのページをご参照ください。
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