アスベスト被害における労災申請【弁護士が解説】
1 アスベスト被害
船のボイラーにアスベストが吹き付けられており、ボイラーの点検をしていたときに、アスベストを吸引したようで、主治医からは、中皮腫と診断されました。
今後の治療や生活がとても不安です。
仕事中にアスベストを吸引して、中皮腫を発症した場合、どのような補償があるのでしょうか。
結論から先にいいますと、労災申請をして、労災と認定されれば、中皮腫の治療費は無料になり、休業期間中、給料の約80%分の補償を受けることができます。
今回は、アスベストによる労災申請について、分かりやすく解説します。
まず、アスベストの被害について、説明します。
アスベストは、天然の鉱物繊維で、石綿とも呼ばれています。
アスベストは、極めて、細い繊維で、熱、摩擦、酸やアルカリにも強く、丈夫で変化しにくいという特性を持っていることから、建材、摩擦材、シール断熱材といった様々な工業製品に使用されてきました。
また、アスベストは、安価で、耐火性、断熱性、防音性、絶縁性など様々な機能を有していることから、耐火、断熱、防音の目的で使用されてきました。
しかし、アスベストは、肺がんや中皮腫を発症する発がん性が問題となり、現在では、新たなアスベスト製品の製造・使用が禁止されています。
アスベストは、人の髪の毛の直径よりも非常に細く、肉眼では見ることができない極めて細い繊維からなっています。
そのため、飛散すると空気中に浮遊しやすく、吸入されて人の肺胞に沈着しやすい特徴があります。
アスベストの繊維は丈夫で変化しにくい性質のため、肺の組織内に長く滞留し、その体内に滞留したアスベストが原因となって、肺の線維化やがんの一種である肺がん、悪性中皮腫などの病気を引き起こすのです。
このように、仕事中に、アスベストを吸引することによって、アスベスト関連疾病を発症した労働者に対する補償として、労災保険があります。
2 労災保険からの補償
仕事中にアスベストを吸引することによって、アスベスト関連疾病を発症したことが労災と認定されますと、労災保険から、次のような補償を受けることができます。
生存している労働者が、アスベスト関連疾病の治療をしている場合、治療費が全額、労災保険から支給されます。
これを療養補償給付といいます。
労災指定病院で、アスベスト関連疾病の治療をしているならば、病院の窓口で治療費の支払いをせずに、治療を受けることができます。
また、アスベスト関連疾病の治療のために、働くことができない場合、休業期間中、労災保険から、給料の約80%分の休業補償給付が支給されます。
アスベスト関連疾病は、アスベスト暴露から発症まで、長期間かかることから、アスベスト関連疾病を発症した被害者は、発症時点で無職であることが多いです。
無職であったとしても、アスベスト関連疾病の治療のために、働くことができず、賃金を受けていない場合、症状固定時または死亡時まで、休業補償給付を受給し続けることができます。
その結果、安心して、治療に専念することができます。
他方、アスベスト関連疾病を発症し、不幸にも労働者が死亡した場合、ご遺族には、遺族補償給付が支給されます。
すなわち、労働者が死亡した当時、その労働者の収入によって生計を維持していたご遺族に対して、補償金が支給されるのです。
死亡した労働者と同居していた場合、生計を維持していたご遺族に、遺族補償給付が支給されます。
そして、ご遺族に対して、遺族補償給付として、①遺族補償年金、②遺族特別年金、③遺族特別支給金が支給されます。
このように、仕事中にアスベストを吸引して、アスベスト関連疾病を発症したことが労災と認定されれば、労災保険から、死亡した労働者が本来もらえたはずの収入の一部が、年金という形で、ご遺族に支給されますので、今後のご遺族の生活が一定程度安定します。
以上のとおり、仕事中にアスベストを吸引して、アスベスト関連疾病を発症したならば、必ず、労災申請をするようにしてください。
3 アスベストの労災認定基準
最後に、どのような要件を満たせば、仕事中にアスベストを吸引して、アスベスト関連疾病を発症したことが、労災と認定されるのかについて解説します。
アスベストの労災認定基準として、石綿暴露作業への従事と、対象疾病ごとの認定要件が定められています。
(1)石綿暴露作業
アスベストの労災認定基準では、アスベストに暴露したと考えられる作業を、石綿暴露作業として、次のように分類されています。
①石綿鉱山またはその附属施設において行う石綿を含有する鉱石または岩石の採掘、搬出または粉砕その他石綿の精製に関連する作業
②倉庫内などにおける石綿原料などの袋詰めまたは運搬作業
③次のアからオまでに掲げる石綿製品の製造工程における作業
ア 石綿糸、石綿布等の石綿紡織製品
イ 石綿セメント又はこれを原料として製造される石綿スレート、石綿高圧管、石綿円筒等のセメント製品
ウ ボイラーの被覆、船舶用隔壁のライニング、内燃機関のジョイントシーリング、ガスケット(パッキング)等に用いられる耐熱性石綿製品
エ 自動車、巻上機等のブレーキライニング等の耐摩耗性石綿製品
オ 電気絶縁性、保温性、耐酸性等の性質を有する石綿紙、石綿フェルト等の石綿製品(電線絶縁紙、保温材、耐酸建材等に用いられている)又は電解隔膜、タイル、プラスター等の充填剤、塗料等の石綿を含有する製品
④石綿の吹付け作業
⑤耐熱性の石綿製品を用いて行う断熱もしくは保温のための被覆またはその補修作業
⑥石綿製品の切断などの加工作業
⑦石綿製品が被覆材または建材として用いられている建物、その附属施設などの補修または解体作業
⑧石綿製品が用いられている船舶または車両の補修または解体作業
⑨石綿を不純物として含有する鉱物(タルク(滑石)など)などの取り扱い作業
⑩①から⑨までにかかげるもののほか、これら作業と同程度以上に石綿粉塵の暴露を受ける作業
⑪①から⑩までの作業の周辺等において、間接的な暴露を受ける作業
(2)石綿関連疾病
ア 石綿肺
以下の①、②のいずれかに該当すること。
①じん肺管理区分が管理4に該当する石綿肺
②管理2,3,4に以下の疾病が合併した疾病
肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸
イ 肺がん
原発性肺がんであって、以下の①から⑥のいずれかに該当すること。ただし、最初の石綿暴露作業の開始から10年未満で発症したものは除く。
①石綿肺の所見が得られていること(じん肺法の定める胸部エックス線写真の像が第1型以上であるものに限る)。
②胸部エックス線検査、胸部CT検査等により、胸膜プラークが認められ、かつ、石綿暴露作業への従事期間が10年以上であること。
③次の(ア)から(オ)までのいずれからの所見が得られ、かつ、石綿暴露作業の期間が1年以上であること。
(ア)乾燥肺重量1g当たり5000本以上の石綿小体
(イ)乾燥肺重量1g当たり200万本以上の石綿繊維
(ウ)乾燥肺重量1g当たり500万本以上の石綿繊維
(エ)気管支肺胞洗浄液1ml中5本以上の石綿小体
(オ)肺組織切片中の石綿小体又は石綿繊維
④次の(ア)または(イ)のいずれかの所見が得られ、かつ、石綿暴露作業の従事期間が1年以上であること。
(ア)胸部正面エックス線写真により胸膜プラークと判断できる明らかな陰影が認められ、かつ、胸部CT画像により当該陰影が胸膜プラークとして確認されるもの。
(イ)胸部CT画像で胸膜プラークを認め、左右いずれか一側の胸部CT画像上、胸膜プラークが最も広範囲に抽出されたスライスで、その広がりが胸壁内側の1/4以上のもの。
⑤石綿製品の製造工程における作業のうち、ア(石綿糸、石綿布等の石綿紡織製品)、イ(石綿セメント又はこれを原料として製造される石綿スレート、石綿高圧管、石綿円筒等のセメント製品)の製造工程における作業、若しくは、石綿の吹付作業のいずれかの作業への従事期間又はそれらを合算した従事期間が5年以上であること。
⑥認定基準の要件を満たすびまん性胸膜肥厚を発症している者に併発したもの。
ウ 中皮腫
石綿暴露労働者に発症した胸膜、腹膜、心膜又は精巣鞘膜の中皮腫であって、次の①、②のいずれかに該当すること。
ただし、最初の石綿暴露作業を開始したときから10年未満で発症したものを除く。
①じん肺法に定める胸部エックス線写真の像の区分で、第1型以上の石綿肺所見がある。
②石綿暴露作業従事期間が1年以上。
エ 良性石綿胸水
良性石綿胸水については、全事案について、関係書類を添えて、厚生労働省に協議をすることになっています。
胸水は、アスベスト以外にも様々な原因によって発症するため、良性石綿胸水と診断する方法は、アスベスト以外の胸水の全ての原因を除外する必要があるからです。
オ びまん性胸膜肥厚
石綿暴露労働者に発症したびまん性胸膜肥厚であって、以下の①②③全てに該当すること。
①石綿暴露作業3年以上。
②著しい呼吸障害がある(パーセント肺活量が60%未満であること)。
③一定以上の肥厚の広がりがある。胸部CT画像上に、片側のみ肥厚がある場合は側胸壁の1/2以上、両側に肥厚がある場合は側胸壁の1/4以上。
以上の労災認定基準の要件を満たすかについて、医療機関のカルテを入手し、年金の被保険者記録照会回答票を取り寄せて、病状がどの程度まで進行しているのか、石綿暴露作業に従事した経歴がどの程度あるかを検討します。
労災保険の療養補償給付と休業補償給付は2年の時効が、遺族補償給付は5年の時効がありますので、なるべく早く、労災申請をするようにしてください。
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