通勤中の交通事故
1 通勤災害とは
自宅から職場までの通勤の途中で自動車にひかれてしまった,通勤の途中の駅の階段から転落してしまった,通勤のために歩いていたところ,ビルの建築現場から物が落下してきて当たり,負傷してしまった,といった事故の場合,通勤災害として,労災保険が適用されるかもしれません。
通勤は,労働者が働くために必然の行為であるため,通勤の途中に事故に巻き込まれた場合,労災保険によって,労働者は,補償を受けることができます。
通勤災害と認定されれば,療養給付,休業給付,障害給付,遺族給付,葬祭給付,介護給付が支給され,業務災害と同一の補償を受けられます。
2 通勤災害の要件
通勤災害として,労災保険の適用を受けるためには,次の要件を満たす必要があります。
①就業に関し,次のア・イ・ウのいずれかの要件を満たす移動行為であること
ア 自宅などの住居と会社などの就業の場所を始点または終点とする往復
イ 就業の場所から他の就業の場所への移動(例えば,本業の就業場所から副業の就業場所へ移動する場合などです)
ウ 住居と就業の場所との間の往復に先行し,または後続する住居間の移動(例えば,単身赴任者が週末を自宅で過ごし,日曜日の夕方に自宅から単身赴任先の社宅へ移動する場合などです)
「就業に関し」とは,当該移動行為が仕事を開始するため,または,仕事を終えたことによって行われることをいいます。
通勤災害にあった日に出勤することになっていたか,現実に出勤していたことが必要になります。
②合理的な経路及び方法により行われる移動であること
「合理的な経路」とは,労働者が通勤のために通常利用する経路のことです。
子供を幼稚園や保育所に預けるために利用する経路は,合理的な経路といえます。
「合理的な方法」とは,往復または移動を行う際に,一般に労働者が用いるものと認められている方法をいいます。
鉄道やバスなどの公共交通機関を利用する場合,自動車や自転車などを本来の用法に従って使用する場合,徒歩の場合などには,当該労働者が通常その方法を用いているかにかかわらず,合理的な方法と認められます。
③業務の性質を有する移動行為ではないこと
例えば,会社に出勤した後に,外回りの営業のために移動していたときに事故にまきこまれた場合は,通勤災害ではなく,業務災害となり,労災保険が利用できます。
④移動行為において合理的な経路の逸脱または中断がないこと
「逸脱」とは,通勤の途中において就業や通勤とは関係のない目的で合理的な経路をそれることをいいます。
「中断」とは,通勤の経路上において通勤とは関係のない行為を行うことをいいます。
例えば,通勤の途中に,ゲームセンターやパチンコ店に入って遊ぶ,居酒屋などで飲み会に参加するなどの場合に,逸脱や中断があったとされてしまいます。
逸脱や中断と認められれば,その後は通勤となりませんので,逸脱や中断の最中や後に事故にまきこまれても,労災保険が適用されなくなってしまうのです。
もっとも,次のような日常生活上必要な行為であって,通勤の途中で行う必要があり,必要最小限の時間と距離の範囲で行う場合には,逸脱や中断の間を除いて,合理的な経路に戻った後は再び通勤となります。
①日用品の購入
②職業訓練
③選挙権の行使
④病院などへの通院
⑤親族の介護
3 交通事故と労災保険
労働者が仕事中や通勤途中に交通事故にあった場合,労災保険を利用できます。
一方で,交通事故については,交通事故の相手方の自動車損害賠償責任保険(自賠責)と,相手方の任意保険からの支払いを受ける場合があります。
ほとんどの交通事故では,相手方の任意保険の損害保険会社が被害者の通院先の病院へ治療費を支払い,損害賠償金を支払ってくれますが,労災保険を利用したほうが,被害者にとって有利な場合があります。
⑴長く治療を続けられる
交通事故でむち打ち症となった場合,相手方の損害保険会社は,おおむね1~3ヶ月,長くて6ヶ月までしか,治療費を負担してくれません。
相手方の損害保険会社に治療を打ち切られてしまった後にも,痛みが続く場合には,自分の健康保険を利用して通院し,治療費を自分で負担しなければなりません。
他方,労災保険を利用できれば,主治医がこれ以上治療を続けても症状が改善しないと判断するときまで,自分で治療費を負担することなく,治療を続けることができます。
そのため,労災保険を利用したほうが,治療費を打ち切られることを心配せずに,安心して治療をすることができます。
なお,途中までは,相手方の損害保険会社に治療費を支払ってもらい,相手方の損害保険会社から治療費を打ち切られた後に,労災保険に切り替えることもできます。
⑵原則として過失相殺されない
交通事故では,自動車が動いていれば,双方に過失(落ち度)があったとして,過失相殺されて,交通事故の相手方に対して請求できる損害賠償金の額が減額されてしまいます。
特に,ご自身の過失が大きい場合には,大幅な減額がされることがあります。
労災保険を利用できれば,労災保険では原則として過失相殺がされませんので,治療費や休業補償給付,障害補償給付などの全額が支給されるので,メリットは大きいです。
⑶特別支給金は控除されない
交通事故によって被害者に生じた損害については,現実に発生している損害を補填すればよく,それ以上に損害賠償が認められません。
そのため,相手方の損害保険会社から損害賠償金を支払ってもらい,さらに労災保険からも補償を受けるというように,二重に損害を補填してもらうことはできないのです。
例えば,先に労災保険から休業補償給付の受給を受けた後に,相手方の損害保険会社に対して,休業損害の損害賠償請求をしても,すでに労災保険から受給している休業補償給付の分が控除されてしまうのです。
これを損益相殺といいます。
もっとも,休業補償給付は給料の60%に相当する分が支給され,その他に給料の20%に相当する分が休業特別支給金として上乗せして支給されます。
結果として,給料の80%に相当する分が支給されるのです。
この休業特別支給金は,損益相殺の対象にならないので,休業特別支給金を受給していても,相手方の損害保険会社に対して,損害賠償請求をしても,休業特別支給金の分は控除されないのです。
休業特別支給金以外にも,後遺障害の認定があれば支給される障害特別支給金や障害特別年金も,損益相殺の対象になりません。
また,自賠責保険や任意保険から,休業損害や後遺障害の逸失利益の損害賠償金を受け取っていたとしても,休業特別支給金や障害特別支給金などについて,労災申請をすれば,受給することができます。
⑷費目間流用の禁止
例えば,交通事故にあった労働者に生じた損害額が,治療費100万円,休業損害100万円,慰謝料100万円であり,労働者に30%の過失があったケースで考えてみましょう。
相手方の損害保険会社が治療費100万円を被害者が通院していた病院に既に支払っており,相手方の損害保険会社が休業損害の60%である60万円を既に被害者に支払っていたとして,労災保険を利用できない場合,次のような計算になります。
300万円×70%-160万円=50万円
被害者は,相手方の損害保険会社に対して,残り50万円しか請求できません。
同じケースで労災保険が利用できて,労災保険から被害者である労働者が通院していた病院に治療費100万円が支払われており,被害者である労働者に対して休業補償給付60万円の支給がされているとします。
この場合,労働者の過失が30%あるので,治療費については,100万円-70万円=30万円の過払いが生じていることになります。
この治療費30万円の過払い分を休業損害や慰謝料から控除することが許されないのです。
これを費目間流用の禁止といいます。
その結果,被害者の労働者は,相手方の損害保険会社に対して,治療費0円,休業損害70万円-60万円=10万円,慰謝料100万円×70%=70万円の合計80万円を請求できるのです。
結果として,労災保険を利用できる場合の方が,30万円多く請求できることになります。
このように,仕事中や通勤途中に交通事故にまきこまれたときには,労災保険を利用したほうが,被害者にとって有利になることがありますので,労災保険が利用できないかについて,検討してみてください。
交通事故で労災保険を利用するときには,労働基準監督署に「第三者行為災害届」という文書を提出する必要があります。
4 弁護士費用特約
交通事故の場合,ご自身の自動車保険やご家族の自動車保険に「弁護士費用特約」がついていれば,保険会社が弁護士費用を負担してくれて,ご自身が弁護士費用を支払う必要がありません。
自分で弁護士を選ぶこともできます。
弁護士費用特約を利用して,弁護士に依頼して,交通事故における労災保険の申請をしてもらうことができます。
交通事故にあわれたら,弁護士費用特約が利用できないかを検討してみてください。
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まずは弁護士にご相談いただき、ご自身の状況や今後の動きについて一緒に考えていきましょう。
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