労災事故による脊髄損傷で後遺障害が残った場合に受けられる補償とは?【弁護士が解説】
夫が高い場所で作業をしていたところ、転落してしまい、脊髄を損傷しました。
脊髄を損傷したことによって、下半身が麻痺するという重症を負いました。
労災事故による脊髄損傷の場合、労災保険からどのような補償があるのでしょうか。
結論から先にいいますと、脊髄損傷の場合、後遺障害と認定されますと、労災保険から、一時金若しくは年金が支給されます。
今回は、労災事故における脊髄損傷の後遺障害について、わかりやすく解説していきます。
1 労災事故における脊髄損傷
脊髄損傷とは、中枢神経である脊髄を損傷することで四肢、体幹、膀胱の完全または不完全麻痺を引き起こす病態です。
労災事故によって、脊髄損傷が発生する割合は、そこまで高くはありませんが、脊髄損傷は、重篤度が高く、受傷後の労動者や家族にとって重い負担となるため、看過できない問題となっています。
脊髄損傷が発生する労災事故としては、墜落・転落が最も割合が多く、次いで転倒、はさまれ・巻き込まれ、となっています。
脊髄損傷の労災事故が発生しやすい業種としては、建設業、製造業、運輸交通・貨物取扱業があげられます。
脊髄損傷の労災事故の具体例としては、労動者が屋根の端部に気付かずに足を踏み外して転落した労災事故や、トラックの昇降時に、足をかけたステップが濡れていてトラックから転落した労災事故等があげられます。
2 労災保険からの補償
労災事故で脊髄を損傷すると、体が麻痺する症状に加えて、広範囲な感覚障害や神経因性膀胱障害その他胸腹部臓器の障害が認められたり、脊柱の変形や運動障害が認められる場合があるほか、あわせて末梢神経系の障害が認められる場合もあり、被災労動者や家族に重い負担が生じます。
労災事故によって脊髄損傷が発生した場合、被災労働者や家族に重い負担が生じますので、労災事故による補償を必ず受けてください。
そのため、労災事故にまきこまれた場合には、必ず、労災申請をしてください。
⑴ 療養補償給付
労災申請をして、労災保険を利用することができれば、労災事故によるけがの治療費が、全額、労災保険から支給されます。
すなわち、無料で治療を受けることができるのです。
労災保険からの治療費の補償のことを、療養補償給付といいます。
⑵ 休業補償給付
また、労災事故によるけがの治療のために、会社を休んだとしても、休業期間中、給料の約80%分が支給されます。
会社を休業しても、給料の約80%分が補償されますので、安心して治療に専念することができます。
労災保険からの休業に関する補償のことを、休業補償給付といいます。
⑶ 傷病補償給付
労災事故によるケガの治療を開始して、1年6ヶ月を経過しても、ケガが治癒しておらず、そのケガの障害の程度が重篤な場合、労災保険から年金が支給されます。
傷病等級1級から3級に該当する、重篤な傷病の場合に限って支給されます。
⑷ 障害補償給付
労災事故によるケガが、後遺障害と認定されれば、労災保険から、後遺障害の等級に応じた補償を受けることができます。
労災保険における、後遺障害に対する補償を、障害補償給付といいます。
障害補償給付の申請をする際には、労働基準監督署に対して、第10号の様式と、主治医に作成してもらった後遺障害の診断書を提出します。
障害補償給付として、年金若しくは一時金が支給されることで、今後の生活が一定程度安定します。
⑸ 介護補償給付
労災事故によって重篤な後遺障害が残った場合に受ける介護に対する給付を、介護補償給付といいます。
後遺障害等級で1級又は2級と認定され、常時又は随時の介護が必要な状態になっている場合に、支給を受けることができます。
3 労災事故における脊髄損傷の後遺障害
労災事故による脊髄損傷が生じた場合の後遺障害は、原則として、身体的所見及びMRI、CT等によって裏付けることのできる麻痺の範囲と程度によって、等級認定がされます。
麻痺の範囲とは、四肢麻痺、対麻痺、単麻痺の3つがあります。
四肢麻痺とは、両側の四肢に生じる麻痺です。
対麻痺とは、両上肢又は両下肢に生じる麻痺です。
単麻痺とは、上肢又は下肢の一肢のみに生じる麻痺です。
麻痺の程度は、高度、中等度、軽度の3つで評価されます。
麻痺が高度とは、障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性がほとんど失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作(上肢においては物を持ち上げて移動させること、下肢においては歩行や立位)ができないものをいいます。
麻痺が高度とは、具体的には、以下のものをいいます。
①完全強直又はこれに近い状態にあるもの
②上肢においては、三大関節(肩関節、肘関節、手関節)及び5つの手指のいずれの関節も自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
③下肢においては、三大関節(股関節、膝関節、足関節)のいずれの関節も自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
④上肢においては、随意運動の顕著な障害により、障害を残した一上肢では物を持ち上げて移動させることができないもの
⑤下肢においては、随意運動の顕著な障害により、一下肢の支持性及び随意的な運動性をほとんど失ったもの
麻痺が中等度とは、障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が相当程度失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作にかなりの制限があるものをいいます。
次のものが、麻痺が中等度に当たります。
①上肢においては、障害を残した一上肢では仕事に必要な軽量の物(概ね500グラム)を持ち上げることができないもの又は障害を残した一上肢では文字を書くことができないもの
②下肢においては、障害を残した一下肢を有するため杖又は硬性装具なしには階段を上ることができないもの
③下肢においては、障害を残した両下肢を有するため杖又は硬性装具なしには歩行することが困難なもの
麻痺が軽度とは、障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が多少失われており、障害のある上肢又は下肢の基本動作を行う際の巧緻性及び速度が相当程度失われているものをいいます。
次のものが、麻痺が軽度に当たります。
①上肢においては、障害を残した一上肢では文字を書くことに困難を伴うもの
②下肢においては、日常生活は概ね独歩であるが、障害を残した一下肢を有するため不安定で転倒しやすく、速度も遅いもの
③下肢においては、障害を残した両下肢を有するため杖又は硬性装具なしには階段を上ることができないもの
労災事故による脊髄損傷の後遺障害は、次の7段階に区分されます。
⑴ 第1級の3
脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、常に他人の介護を要するもので、以下のものが該当します。
①高度の四肢麻痺が認められるもの
②高度の対麻痺が認められるもの
③中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
④中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの
⑵ 第2級の2の2
脊髄症状のため、生命維持に必要な身のまわり処理の動作について、随時介護を要するもので、以下のものが該当します。
①中等度の四肢麻痺が認められるもの
②軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
③中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの
⑶ 第3級の3
生命維持に必要な身のまわり処理の動作は可能であるが、脊髄症状のために労務に服することができないもので、以下のものが該当します。
①軽度の四肢麻痺が認められるもの
②中等度の対麻痺が認められるもの
⑷ 第5級の1の2
脊髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもので、以下のものが該当します。
①軽度の対麻痺が認められるもの
②一下肢の高度の単麻痺が認められるもの
⑸ 第7級の3
脊髄症状のため、軽易な労務以外には服することができないもので、一下肢の中等度の単麻痺が認められるものが該当します。
⑹ 第9級の7の2
通常の労務に服することはできるが、脊髄症状のため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるのもので、一下肢の軽度の単麻痺が認められるものが該当します。
⑺ 第12級の12
通常の労務に服することができるが、脊髄症状のため、多少の障害を残すもので、運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すものが該当します。
⑻ 後遺障害5級の場合に障害補償給付としていくら支給されるのか
ここで、後遺障害の第5級の1の2の「脊髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの」に該当した場合で、いくらの補償が受けられるのかを検討してみます。
後遺障害5級の場合、障害補償給付として、①障害補償年金、②障害特別年金、③障害特別支援金が支給されます。
5級の場合、①障害補償年金は、給付基礎日額の184日分が支給されます。
給付基礎日額とは、労災事故が発生した日の直前3ヶ月間の賃金の総支給額を日割り計算したものです。
5級の場合、②障害特別年金は、算定基礎日額の184日分が支給されます。
算定基礎日額とは、労災事故が発生した日の直前1年間の賞与の金額を365日で割ってえられたものです。
5級の場合、③障害特別支援金は、225万円が支給されます。
具体的なケースで、5級の障害補償給付の金額を計算してみます。
毎月の給料が月額30万円、1年間の賞与が60万円の労働者が10月1日に労災事故にまきこまれてしまい、後遺障害5級と認定されたケースで、障害補償給付の金額を計算すると、次のとおりとなります。
①障害補償年金
まずは、直近3ヶ月間の給付基礎日額を計算します。
7月は31日、8月は31日、9月は30日なので、(30万円+30万円+30万円)÷(31日+31日+30日)=9,782.6
1円未満の端数は、1円に切り上げるので、給付基礎日額は、9,783円となります。
5級の場合、障害補償年金は、給付基礎日額の184日分が支給されますので、9,783円×184日=1,800,072円となります。
②障害特別年金
まずは、直近1年間の算定基礎日額を計算します。
1年間の賞与が60万円なので、365日で割ると、60万円÷365日=1,643.8となり、1円未満の端数は1円に切り上げるので、算定基礎日額は、1,644円となります。
5級の場合、障害特別年金は、算定基礎日額の184日分が支給されますので、1,644円×184日=302,496円となります。
③障害特別支援金
5級の場合の障害特別支援金は、225万円です。
以上まとめますと、①障害補償年金として、毎年、1,800,072円が支給され、②障害特別年金として、毎年、302,496円が支給され、③障害特別年金として、1回だけ、225万円が支給されるのです。
4 会社に対する損害賠償請求
⑴ 労災保険からの補償では足りない?
労災保険から補償を受けることができた後に、労災事故について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
その理由は、労災保険では、労災事故によって被った労働者の損害は、全て補償されないからなのです。
労災保険からは、労災事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は、支給されません。
また、後遺障害による収入の減少に対応する、労災保険の障害補償給付では、労働者の将来の収入の減少という損害が、全てまかなわれるわけではありません。
このように、労災保険からは支給されない慰謝料や、労災保険からの補償では足りない、労働者の将来の収入の減少の損害について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
それでは、どのような場合に、会社に対して、損害賠償請求ができるのでしょうか。
⑵ 安全配慮義務違反とは?
結論としては、労災事故について、会社が安全対策を怠っていた場合、会社に対して、損害賠償請求ができる可能性があります。
すなわち、労災事故で、会社に対して、損害賠償請求をするためには、会社に、安全配慮義務違反が認められなければなりません。
安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務をいいます。
そして、会社が、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していた場合、安全配慮義務違反が認められます。
例えば、高所からの転落や墜落の労災事故の場合、会社は、高さが2メートル以上の箇所で、労働者に作業をさせる場合、足場を組み立てる等の方法により作業床を設置するか、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具(いわゆる安全帯)を使用させなければなりません(労働安全衛生規則518条)。
この規定に違反して、会社が、防網を貼っておらず、労動者に安全帯を使用させていなかった場合、労働者は、会社に対して、労災保険からの補償では足りない損害について、損害賠償請求をすることができるのです。
⑶ 後遺障害5級の場合にいくらの損害賠償請求ができるのか?
それでは、後遺障害の第5級の1の2の「脊髄症状のため、きわめて軽易な労務のほかに服することができないもの」に該当した場合、会社に対して、いくらくらいの損害賠償請求ができるのかを計算してみます。
先ほどと同じように、毎月の給料が月額30万円、1年間の賞与が60万円、年収420万円の40歳の労働者が、10月1日に労災事故にまきこまれてしまい、後遺障害5級と認定されたケースで、損害賠償請求の金額を計算してみます。
ここでは、労災事故の損害賠償請求で大きな金額になる、①休業損害、②逸失利益、③慰謝料を計算します。
①休業損害
まず、労災事故後に会社を休んでいた期間の休業損害を計算します。
休業損害は、収入日額に休業日数をかけて計算します。
収入日額は、労災事故前3ヶ月間の給料総額を期間の総日数で割って計算するので、労災保険の給付基礎日額の計算とほぼ同じです。
今回のケースの場合、収入日額は、7月は31日、8月は31日、9月は30日なので、(30万円+30万円+30万円)÷(31日+31日+30日)=9,783円
休業日数が330日であれば、休業損害は、9,783円×330日=3,228,390円となります。
もっとも、休業損害からは、労災保険から支給された休業補償給付を控除します。
休業補償給付は、給料の約80%が支給されますが、80%のうちの20%の休業特別支給金は控除されません。
そのため、休業損害から控除されるのは、給料の約60%分である休業補償給付だけです。
例えば、今回のケースで、給料の約60%分である休業補償給付として、1,937,034円が支給されていた場合、会社に対して請求できる休業損害は、3,228,390-1,937,034=1,291,356円となります。
②逸失利益
逸失利益とは、労災事故がなければ将来得られたであろう収入のことです。
逸失利益は、次の計算式で計算します。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
基礎収入とは、労災事故の前年の年収のことです。
労働能力喪失率は、後遺障害によって、労働者の労働能力がどれくらいの割合で喪失したかを算出するものです。
後遺障害5級の場合、労働能力喪失率は、79%です。
労働能力喪失期間は、後遺障害による労働能力が喪失された期間のことで、原則として、67歳から症状固定時の年齢を差し引いて計算します。
今回のケースの場合、40歳で症状固定なので、労働能力喪失期間は、27年間となります。
ライプニッツ係数とは、労災事故などの損害賠償金に生じる中間利息を控除するための係数です。
逸失利益の損害賠償請求では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることなります。
その損害賠償金を運用すると利息が生じるので、この利息分を控除するために、ライプニッツ係数を使用します。
27年に対応するライプニッツ係数は、18.3270です。
今回のケースで逸失利益を計算すると、次のとおりとなります。
420万円×79%×18.3270=60,808,986円
この逸失利益の金額から、障害補償給付のうち、これまでに受給した障害補償年金を控除します。
障害補償給付のうち、障害特別年金と障害特別支援金は控除されません。
今回のケースで、これまでに受給した障害補償年金が1年間分の1,800,072円とした場合、会社に対して請求できる逸失利益は、60,808,986-1,800,072=59,008,914円となります。
③慰謝料
労災事故の損害賠償で請求できる慰謝料には、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の2つがあります。
入通院慰謝料については、入院の月数と通院の月数から計算します。
例えば、入院2ヶ月、通院8ヶ月の場合、入通院慰謝料は、164万円になります。
後遺障害慰謝料については、後遺障害の等級に応じて金額が決まります。
後遺障害5級の場合、後遺障害慰謝料は、1400万円になります。
このように、労災保険では補償されない損害について、会社に対して、損害賠償請求できないかを検討します。
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