労災事故による手指の切断で後遺障害が残った場合に受けられる補償とは?【弁護士が解説】

 工場で仕事をしている時に、プレス機のゲートに手が挟まれてしまい、手指を2つ切断してしまいました。

 

 切断した手指の再接着を試みましたが、うまくいかず、2つの手指が切断したままとなりました。

 

 労災事故による手指の切断の場合、労災保険からどのような補償があるのでしょうか。

 

 結論から先にいいますと、手指の切断の場合、手指を失ったことについての後遺障害、または、手指の再接着ができたものの関節が動きづらくなったことについての後遺障害が認定された場合、労災保険から、一時金若しくは年金が支給されます。

 

 今回は、労災事故における手指の切断の後遺障害について、わかりやすく解説していきます。

 

 

1 労災事故における手指切断の具体例

 

 まずは、仕事中に手指を切断する労災事故の具体例を紹介します。

 

⑴ ロール機を清掃する際、運転停止操作後の惰性で回転中のローラーに、手の指が巻き込まれた労災事故

 

 ロール機の清掃を行っていた際に、ロール機の停止スイッチを押したものの、惰性で回転中のローラーに手が巻き込まれてしまい、手指を切断しました。

 

 この労災事故の原因として、ローラーの隙間にはさまれる危険に対する、安全カバーや安全柵が設置されていなかったことがあげられます。

 

⑵ 大豆をすり潰す機械の詰まりを直そうとして、手がスクリューフィーダに巻き込まれた労災事故

 

 味噌醸造の仕込み工程において、被災者を含む作業者は、蒸し煮した大豆をベルトコンベアで、大豆をすり潰す機械に自動投入していた際、機械に投入した大豆が詰まったため、機械から大豆を手で取り除こうとしたところ、機械のスクリューフィーダに触れ、腕が巻き込まれて、手指を切断しました。

 

 この労災事故の原因として、機械の内部に、手がスクリューフィーダに届かないようにする格子等のガードが取り付けられていなかったことがあげられます。

 

⑶ クッキーカッター機のベルト部分の掃除中、カッターの刃で手指を切断した労災事故

 

 クッキーカッター機を動かしたまま同機のベルト部分の掃除をしていた際、カットされたクッキー生地の出口付近で回転しているベルトに手を押し付けて拭いていたところ、力が入ってしまい誤って右手が滑り、カッターの刃で手指を切断した。

 

 この労災事故の原因として、カッター部分に指が入らないようなストッパーを設置していなかったことがあげられます。

 

 このように製造業を中心に、機械を使用して商品を製造する過程において、機械に巻き込まれたり、カッターを使用していて、手指を切断するという、労災事故が発生しているのです。

 

 

2 労災保険からの補償

 

⑴ 療養補償給付

 

 まず、労災事故にまきこまれて、手指の切断をした場合、必ず、労災申請をしてください。

 

 労災保険を利用することができれば、労災事故によるけがの治療費が、全額、労災保険から支給されます。

 

 すなわち、無料で治療を受けることができるのです。

 

 労災保険からの治療費の補償のことを、療養補償給付といいます。

 

⑵ 休業補償給付

 

 また、労災事故によるけがの治療のために、会社を休んだとしても、休業期間中、給料の約80%分が支給されます。

 

 会社を休業しても、給料の約80%分が補償されますので、安心して治療に専念することができます。

 

 労災保険からの休業に関する補償のことを、休業補償給付といいます。

 

⑶ 障害補償給付

 

 そして、労災事故によって後遺障害が残ったとしても、後遺障害と認定されれば、労災保険から、後遺障害の等級に応じた補償を受けることができます。

 

 労災保険における、後遺障害に対する補償を、障害補償給付といいます。

 

 障害補償給付の申請をする際には、労働基準監督署に対して、第10号の様式と、主治医に作成してもらった後遺障害の診断書を提出します。

 

 障害補償給付として、年金若しくは一時金が支給されることで、今後の生活が一定程度安定します。

 

⑷ 労災申請の手続

 

 労災保険を利用するためには、労災申請をしなければなりません。

 

 労災申請をする場合、ご自身で労働基準監督署へ行き手続をする方法と、会社において労災申請を代行してもらう方法の2種類があります。

 

 労災申請をする際に、厚生労働省の書式に必要事項を記載して、労働基準監督署へ提出します。

 

 厚生労働省の労災申請の書式については、こちらのサイトをご参照ください。

 

 労災申請の請求書を受理した労働基準監督署は、労災事故の状況、労動者の負傷の経緯等から、労動者のケガや病気が、仕事が原因といえるのかを調査します。

 

 労働基準監督署は、調査の結果、労働者のケガや病気が、仕事が原因であると判断した場合、労災と認定し、被災した労働者に対して、労災保険の支給決定を通知します。

 

 労働基準監督署から、被災した労働者のもとに、ハガキが届き、労災と認定されたか否か、いくらの支給を受けられるのかが分かります。

 

 労災保険の支給決定の通知と共に、労動者が、労災申請の請求書に記載した預金口座に、労災保険から、支給金が振り込まれます。

 

 

3 労災事故における手指の切断の後遺障害

 

 労災事故における手指の切断の後遺障害は、2種類あります。

 

 1つは、手指を根本から失ったり、手指の一部が大きく欠けたりする、欠損障害です。

 

 もう1つは、手指を切断した後に、手指を再接着したものの、手指の関節が動きづらくなった場合の機能障害です。

 

⑴ 欠損障害

 

 手指の欠損障害には、「手指を失ったもの」と、「指骨の一部を失ったもの」があります。

 

 「手指を失ったもの」とは、母指は指節間関節、その他の手指は近位指節間関節以上を失ったものとされており、具体的には、次の場合がこれに該当します。

 

 ①手指を中手骨又は基節骨で切断したもの

 

 ②近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)において、基節骨と中節骨とを離断したもの

 

 「指骨の一部を失ったもの」とは、1指骨の一部を失っている(遊離骨片の状態を含む)ことがエックス線写真等により確認できるものをいいます。

 

 手指の欠損障害については、次の通り、3級から14級までの後遺障害等級があります。

 

等級

認定基準

3級の5

両手の手指の全部を失ったもの

6級の7

1手の5の手指又は母指を含み4の手指を失ったもの

7級の6

1手の母指を含み3の手指又は母指以外の4の手指を失ったもの

8級の3

1手の母指を含み2の手指又は母指以外の3の手指を失ったもの

9級の8

1手の母指又は母指以外の2の手指を失ったもの

11級の6

1手の示指、中指又は環指を失ったもの

12級の8の2

1手の小指を失ったもの

13級の5

1手の母指の指骨の一部を失ったもの

14級の6

1手の母指以外の手指の指骨の一部を失ったもの

 

⑵ 手指の機能障害

 

 手指の機能障害とは、手指の関節の動きが悪くなった後遺障害のことをいいます。

 

 

 「手指の用を廃したもの」とは、手指の末節骨の半分以上を失い、又は、中手指節関節若しくは近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)に著しい運動障害を残すものをいいます。

 

 具体的には、次の4つの場合が該当します。

 

 ①手指の末節骨の長さの1/2以上を失ったもの

 

 ②中手指節関節又は近位指節間関節(母指にあっては指節間関節)の可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されるもの

 

 ③母指については、橈側外転又は掌側外転のいずれかが健側の1/2以下に制限されているもの

 

 
 ④手指の末節の指腹部及び側部の深部感覚及び表在感覚が関税に脱失したもの

 

 ④については、医学的に当該部位を支配する感覚神経が断裂し得ると判断される外傷を負った事実を確認するとともに、筋電計を用いた感覚神経伝達速度検査を行い、感覚神経活動電位が検出されないことを確認することによって認定します。

 

 「遠位指節間関節を屈伸することができないもの」とは、次の2つの場合が該当します。

 

 ①遠位指節間関節が強直したもの

 

 ②屈伸筋の損傷等原因が明らかなものであって、自動で屈伸ができないもの又はこれに近い状態にあるもの

 

 手指の機能障害については、次の通り、4級から14級までの後遺障害等級があります。

 

等級

認定基準

4級の6

両手の手指の全部の用を廃したもの

7級の7

1手の5の手指又は母指を含み4の手指の用を廃したもの

8級の4 

1手の母指を含み3の手指又は母指以外の4の手指の用を廃したもの

9級の9

1手の母指を含み2の手指又は母指以外の3の手指の用を廃したもの

10級の6

1手の母指又は母指以外の2の手指の用を廃したもの

12級の9

1手の示指、中指又は環指の用を廃したもの

13級の4

1手の小指の用を廃したもの

14級の7

1手の母指以外の手指の遠位指節間関節を屈伸することができなくなったもの

 

⑶ 後遺障害10級の場合に障害補償給付としていくら支給されるのか

 

 ここで、後遺障害の第10級6号の「1手の母指又は母指以外の2の手指の用を廃したもの」に該当した場合で、いくらの補償が受けられるのかを検討してみます。

 

 後遺障害10級の場合、障害補償給付として、①障害補償一時金、②障害特別一時金、③障害特別支援金が支給されます。

 

 10級の場合、①障害補償一時金は、給付基礎日額の302日分が支給されます。

 

 給付基礎日額とは、労災事故が発生した日の直前3ヶ月間の賃金の総支給額を日割り計算したものです。

 

 10級の場合、②障害特別一時金は、算定基礎日額の302日分が支給されます。

 

 算定基礎日額とは、労災事故が発生した日の直前1年間の賞与の金額を365日で割ってえられたものです。

 

 10級の場合、③障害特別支援金は、39万円が支給されます。

 

 具体的なケースで、10級の障害補償給付の金額を計算してみます。

 

 毎月の給料が月額30万円、1年間の賞与が60万円の労働者が10月1日に労災事故にまきこまれてしまい、後遺障害10級と認定されたケースで、障害補償給付の金額を計算すると、次のとおりとなります。

 

 ①障害補償一時金

 

 まずは、直近3ヶ月間の給付基礎日額を計算します。

 

 7月は31日、8月は31日、9月は30日なので、(30万円+30万円+30万円)÷(31日+31日+30日)=9,782.6

 

 1円未満の端数は、1円に切り上げるので、給付基礎日額は、9,783円となります。

 

 10級の場合、障害補償一時金は、給付基礎日額の302日分が支給されますので、9,783円×302日=2,954,466円となります。

 

 ②障害特別一時金

 

 まずは、直近1年間の算定基礎日額を計算します。

 

 1年間の賞与が60万円なので、365日で割ると、60万円÷365日=1,643.8となり、1円未満の端数は1円に切り上げるので、算定基礎日額は、1,644円となります。

 

 10級の場合、障害特別一時金は、算定基礎日額の302日分が支給されますので、1,644円×302日=496,488円となります。

 

 ③障害特別支援金

 

 10級の場合の障害特別支援金は、39万円です。

 

 以上を合計すると、2,954,466円(①障害補償一時金)+496,488円(②障害特別一時金)+39万円(③障害特別支援金)=3,840,954円となります。

 

 

4 会社に対する損害賠償請求

 

⑴ 労災保険からの補償では足りない?

 

 労災保険から補償を受けることができた後に、労災事故について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。

 

 その理由は、労災保険では、労災事故によって被った労働者の損害は、全て補償されないからなのです。

 

 労災保険からは、労災事故によって被った精神的苦痛に対する慰謝料は、支給されません。

 

 また、後遺障害による収入の減少に対応する、労災保険の障害補償給付では、労働者の将来の収入の減少という損害が、全てまかなわれるわけではありません。

 

 このように、労災保険からは支給されない慰謝料や、労災保険からの補償では足りない、労働者の将来の収入の減少の損害について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。

 

 それでは、どのような場合に、会社に対して、損害賠償請求ができるのでしょうか。

 

⑵ 安全配慮義務違反とは?

 

 結論としては、労災事故について、会社が安全対策を怠っていた場合、会社に対して、損害賠償請求ができる可能性があります。

 

 すなわち、労災事故で、会社に対して、損害賠償請求をするためには、会社に、安全配慮義務違反が認められなければなりません。

 

 安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務をいいます。

 

 そして、会社が、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していた場合、安全配慮義務違反が認められます。

 

 例えば、機械に安全装置が設置されていなかったり、労働者に対して保護具を使用させていなかったり、十分な安全教育が実施されていない場合に、安全配慮義務違反が認められることがあります。

 

 そのため、労災事故が発生した会社に、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していなかったについて、検討します。

 

 その結果、会社に労働安全衛生法令やガイドラインの違反が認められた場合、安全配慮義務違反があったとして、会社に対して、損害賠償請求をします。

 

⑶ 後遺障害10級の場合にいくらの損害賠償請求ができるのか?

 

 それでは、後遺障害の第10級6号1の「手の母指又は母指以外の2の手指の用を廃したもの」に該当した場合、会社に対して、いくらくらいの損害賠償請求ができるのかを計算してみます。

 

 先ほどと同じように、毎月の給料が月額30万円、1年間の賞与が60万円、年収420万円の40歳の労働者が、10月1日に労災事故にまきこまれてしまい、後遺障害10級と認定されたケースで、損害賠償請求の金額を計算してみます。

 

 ここでは、労災事故の損害賠償請求で大きな金額になる、①休業損害、②逸失利益、③慰謝料を計算します。

 

 ①休業損害

 

 まず、労災事故後に会社を休んでいた期間の休業損害を計算します。

 

 休業損害は、収入日額に休業日数をかけて計算します。

 

 収入日額は、労災事故前3ヶ月間の給料総額を期間の総日数で割って計算するので、労災保険の給付基礎日額の計算とほぼ同じです。

 

 今回のケースの場合、収入日額は、7月は31日、8月は31日、9月は30日なので、(30万円+30万円+30万円)÷(31日+31日+30日)=9,783円

 

 休業日数が90日であれば、休業損害は、9,783円×90日=880,470円となります。

 

 もっとも、休業損害からは、労災保険から支給された休業補償給付を控除します。

 

 休業補償給付は、給料の約80%が支給されますが、80%のうちの20%の休業特別支給金は控除されません。

 

 そのため、休業損害から控除されるのは、給料の約60%分である休業補償給付だけです。

 

 例えば、今回のケースで、給料の約60%分である休業補償給付として、498,933円が支給されていた場合、会社に対して請求できる休業損害は、880,470-498,933=381,537円となります。

 

 ②逸失利益

 

 逸失利益とは、労災事故がなければ将来得られたであろう収入のことです。

 

 逸失利益は、次の計算式で計算します。

 

 基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

 

 基礎収入とは、労災事故の前年の年収のことです。

 

 労働能力喪失率は、後遺障害によって、労働者の労働能力がどれくらいの割合で喪失したかを算出するものです。

 

 後遺障害10級の場合、労働能力喪失率は、27%です。

 

 労働能力喪失期間は、後遺障害による労働能力が喪失された期間のことで、原則として、67歳から症状固定時の年齢を差し引いて計算します。

 

 今回のケースの場合、40歳で症状固定なので、労働能力喪失期間は、27年間となります。

 

 ライプニッツ係数とは、労災事故などの損害賠償金に生じる中間利息を控除するための係数です。

 

 逸失利益の損害賠償請求では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることなります。

 

 その損害賠償金を運用すると利息が生じるので、この利息分を控除するために、ライプニッツ係数を使用します。

 

 27年に対応するライプニッツ係数は、18.3270です。

 

 今回のケースで逸失利益を計算すると、次のとおりとなります。

 

 420万円×27%×18.3270=20,782,818円

 

 この逸失利益の金額から、障害補償給付のうち、障害補償一時金を控除します。

 

 障害補償給付のうち、障害特別一時金と障害特別支援金は控除されません。

 

 今回のケースでは、障害補償一時金が2,954,466円なので、会社に対して請求できる逸失利益は、20,782,818-2,954,466=17,828,352円となります。

 

 ③慰謝料

 

 労災事故の損害賠償で請求できる慰謝料には、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料の2つがあります。

 

 入通院慰謝料については、入院の月数と通院の月数から計算します。

 

 例えば、入院2ヶ月、通院3ヶ月の場合、入通院慰謝料は、154万円になります。

 

 後遺障害慰謝料については、後遺障害の等級に応じて金額が決まります。

 

 後遺障害10級の場合、後遺障害慰謝料は、550万円になります。

 

 このように、労災保険では補償されない損害について、会社に対して、損害賠償請求できないかを検討します。

 

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