精神障害の労災認定基準の2023年改正3つのポイント【弁護士が解説】
Q 精神障害の労災認定基準が2023年9月に改正されたと聞きました。どのように改正されたのでしょうか。
A 業務による心理的負荷評価表に新しい出来事が追加されたり、パワハラ6類型が明記されたり、精神障害の悪化の場合のハードルが低くなりました。
1 パワハラの労災
職場でパワハラを受けて、うつ病を発症し、会社を休業しなければならなくなってしまう人は多いです。
この場合、パワハラが労災と認定されますと、労災保険から、うつ病の治療費が全額支給され、会社を休業している期間、給料の約8割が支給されるので、安心して、治療に専念できます。
このようなパワハラが労災と認定されるための要件が定められているのが、厚生労働省が公表している、「心理的負荷による精神障害の認定基準について」という通達です。
そして、この精神障害の労災認定基準が、2023年9月1日に改正されました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34888.html
この精神障害の労災認定基準は、パワハラで労災申請をする際に、必ず検討する、重要なものです。
今回は、2023年9月の精神障害の労災認定基準の改正について、3つのポイントにまとめて、分かりやすく解説しますので、ぜひ最後まで、お読みください。
2 精神障害が労災と認定される3つの要件
まずは、今回改正されず、これからも適用される、精神障害が労災と認定されるための要件について、解説します。
精神障害が労災と認定されるためには、次の3つの要件を満たす必要があります。
①対象疾病を発病していること
②発病前概ね6ヶ月間に、業務による強い心理的負荷が認められること
③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
①については、うつ病や適応障害等の精神疾患を発病したということです。
実務で問題になるのは、②の要件です。
どのような場合に、業務による強い心理的負荷があったと認められるのでしょうか。
これについては、心理的負荷による精神障害の認定基準に、「業務による心理的負荷評価表」が添付されており、当該労働者が遭遇した出来事が、この心理的負荷評価表に記載されている出来事にあてはまるかを検討し、あてはまる出来事があれば、その出来事の心理的負荷の強度が「強」になるかを検討します。
この説明では、抽象的で分かりにくいので、具体例を用いて説明します。
例えば、パワハラを受けて、労災申請をしようと思った場合、自分の受けたパワハラが、心理的負荷評価表に記載されている、「強」と評価されるパワハラに該当するかを検討します。
心理的負荷評価表において、心理的負荷が強と評価されるパワハラは、次のとおりです。
①上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
②上司等から、暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
③人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がないまたは業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃が執拗に行われた場合
例えば、バカ、アホ、まぬけ、ハゲ、デブ、給料どろぼうなど、人を侮辱することを何回も言われた場合、心理的負荷が強になります
④必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃が執拗に行われた場合
例えば、他の労働者がいる前で、長時間大声で怒鳴り散らして叱責することが何回もあると、心理的負荷が強になります。
⑤心理的負荷としては中程度の身体的攻撃、精神的攻撃を受けた場合であって、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった場合
他方、身体的攻撃や精神的攻撃が行われても、行為が反復・継続していない場合、心理的負荷は中となります。
そのため、自分が受けたパワハラが、上記①~⑤のどれかに該当すれば、労災と認定されますが、上記①~⑤のどれにも該当しないのであれば、労災と認定されません。
パワハラの法律相談を受けていると、1回のパワハラについて録音があっても、その他のパワハラについて録音がなく、パワハラが執拗に行われたことを証明できず、心理的負荷の強度は中と評価され、労災と認定されるのは難しいとアドバイスすることが多いです。
もっとも、心理的負荷の強度が中に該当する、パワハラの出来事があった場合、精神障害発病前の6ヶ月間のどこかで、1ヶ月100時間程度の時間外労働をしていたのであれば、心理的負荷は強と評価されます。
そのため、精神障害を発症して、労災申請をする場合には、発症時期から6ヶ月間のどこかに1ヶ月100時間程度の時間外労働がないかを検討します。
3つ目の要件である、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこととは、離婚、身内の死亡、災害にあった、近所の騒音、友人に裏切られた等のプライベートな出来事で、精神障害を発病していないということです。
以上の3つの要件を満たせば、精神障害の発病は労災と認定され、労災保険から補償を受けられることができます。
3 カスハラや感染症対応の追加
ここから、2023年9月の精神障害の労災認定基準の改正について、解説します。
1つ目のポイントは、心理的負荷評価表に、具体的出来事が新しく追加されました。
追加された新しい具体的出来事の1つ目は、顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けたことです。
これは、いわゆるカスハラというものです。
カスハラの心理的負荷が強になる場合は、次のとおりです。
顧客から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた
例えば、顧客から、何度も、バカ、アホ等と罵倒された場合、心理的負荷は強になります。
顧客から威圧的な言動等その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた
例えば、顧客から、土下座の強要を何度もさせられた場合、心理的負荷は強になります。
追加された新しい具体的出来事の2つ目は、感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事したことで、心理的負荷が強になるのは次の場合です。
新興感染症の感染の危険性が高い業務に急遽従事することとなり、防護対策も試行錯誤しながら実施する中で、施設内における感染等の被害拡大も生じ、死の恐怖を感じつつ業務を継続した
例えば、新型コロナウイルス感染症の第1波で、緊急事態宣言がでていたころ、手探りで患者対応をしていた医療機関の看護師の場合、これに該当すると考えます。
4 パワハラ6類型の明記
2つ目のポイントは、パワハラの6類型の具体例が明記されたことです。
パワハラの6類型とは、次の6つです。
①暴行等の身体的攻撃
②人格や人間性を否定するような精神的攻撃
③無視等の人間関係からの切り離し
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求
⑤業務上の合理性無く仕事を与えない等の過小な要求
⑥私的なことに過度に立ち入る個の侵害
従前の精神障害の労災認定基準には、①身体的攻撃と②精神的攻撃が明記されていましたが、今回の改正で、③から⑥の類型が明記されました。
もっとも、③から⑥の類型で、心理的負荷が強になるのは、反復・継続するなどして執拗に受けた場合なので、複数回、③から⑥の類型のパワハラを受けたことを証明する必要があります。
もともと、③から⑥の類型のパワハラは、証拠にすることが難しいため(例えば、同僚から無視されていたとしても、無視されていることを証明するのは困難です)、執拗に受けたことを証明することが困難であり、労災と認定されるのには、ハードルが高いと考えます。
5 精神障害の悪化の要件緩和
3つ目のポイントは、精神障害の悪化の場合に、労災と認定されるための要件が緩和されたことです。
精神障害の悪化とは、問題となっている業務による心理的負荷を受ける前から精神障害の通院歴があり、それが悪化した場合のことをいいます。
精神障害の通院歴がある方は、ささいな心理的負荷に過大に反応するため、悪化の原因が必ずしも大きな心理的負荷によるとは限らないことから、仕事による強い心理的負荷が、精神障害の悪化の原因であると判断するのが困難であるという問題があります。
そのため、精神障害の労災認定基準の改正前は、悪化前概ね6ヶ月以内に特別な出来事がなければ、労災と認定されませんでした。
この特別な出来事とは、次のような場合です。
①生死にかかわる、極度の苦痛を伴う業務上の病気や怪我をした
②発病直前の1ヶ月に概ね160時間を超えるような時間外労働を行った
このように、よほど酷い出来事がない限り、精神障害の悪化は、労災と認定されなかったため、ハードルが非常に高かったのです。
精神障害の労災認定基準の改正後、精神障害の悪化前概ね6ヶ月以内に特別な出来事がない場合でも、業務による強い心理的負荷により悪化したときには、悪化した部分について労災と認定されることになりました。
そのため、精神障害の悪化の場合、労災と認定されるための要件が緩和されましたので、改正前に比べると、労災と認定される可能性がありそうです。
以上解説した、精神障害の労災認定基準ですが、専門的なことが多く、精神障害で労災申請をする際には、労災に詳しい弁護士に法律相談をすることをおすすめします。
弁護士は、精神障害の労災申請について、適切なアドバイスをしてくれます。
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まずは弁護士にご相談いただき、ご自身の状況や今後の動きについて一緒に考えていきましょう。
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