飲食店における転倒の労災事故について会社に対して損害賠償請求できるのか?【弁護士が解説】

Q 飲食店で勤務していた時に、階段で転倒してしまいました。この飲食店では、転倒を防止するための対策を何もしていませんでした。この場合、勤務先の飲食店に対して、損害賠償請求をすることはできますか?

 

 

A 勤務先の飲食店が転倒防止のための対策を何もしていなかった場合、損害賠償請求が認められる可能性はあります。

 

 

1 転倒の労災事故

 

 

 仕事中に転んでしまって、身体をぶつけてしまい、負傷するという、転倒の労災事故の発生件数は多いです。

 

 

 厚生労働省の労災の統計によりますと、転倒事故が、労災事故の全体の4分の1を占めていると言われています。

 

 

 転倒事故の態様としましては、ぬれた床面で滑って転倒した、台車につまずいて転倒した、階段を踏み外して転倒した、といったものが挙げられます。

 

 

 転倒事故の防止策としては、歩行場所に物を放置しない、床面の汚れを取り除く、床面の段差を解消する、滑りにくい作業靴を使用する、転倒危険場所にステッカー等で注意喚起をする、といったことが挙げられます。

 

 

 会社がこのような転倒事故の防止策を何もしていなかったために、転倒事故が発生して、労働者が負傷した場合、負傷した労働者は、会社に対して、損害賠償請求できる場合があります。

 

 

 今回は、居酒屋の転倒事故で、会社に対して、321万円の損害賠償請求が認められた裁判例を紹介します。

 

 

 東京高裁令和4年6月29日判決・判例タイムズ1510号176頁の事件です。

 

 

 この事件では、居酒屋で勤務していた労働者が、3階の厨房から、2階の冷蔵庫に保管されていた食材の搬入をする際に、外階段を利用していたところ、雨が降る中、店舗備え付けのサンダルを履いて、3階から2階へ降りる際に転倒して、骨折してしまいました。

 

 

 この負傷した労働者は、勤務先の居酒屋を経営する会社に対して、会社の安全配慮義務違反により、労働者が店舗の外階段で転倒して負傷したとして、損害賠償の請求をしました。

 

 

2 安全配慮義務

 

 

 ここで、安全配慮義務について解説します。

 

 

 会社は、労働者に対して、賃金を支払い、労働者は、会社に対して、労務を提供します。

 

 

 会社は、労働者から、労務提供を受けるに当たり、労働者を指揮監督し、労働環境を用意、準備することになります。

 

 

 会社の指揮監督のあり方や労働環境の準備に問題があれば、労働者の生命・健康に重大な影響が生じる可能性があります。

 

 

 そのため、会社は、労働者の生命・健康を危険から保護するように配慮する義務を負っています。

 

 

 会社がこの安全配慮義務に違反した場合に、労働者は、会社に対して、損害賠償請求ができるのです。

 

 

 それでは、この事件で、裁判所は、どのように安全配慮義務の有無を検討したのかをみてみましょう。

 

 

 一審では、次のように判断して、会社の安全配慮義務違反を否定して、労働者の損害賠償請求は否定されました。

 

 

 すなわち、摩耗しているサンダルを履いて階段を歩いておりる者は、自らが履いている履物及び階段の形状に応じて、階段から、足を踏み外し、足を滑らせないように足元を十分に注意して見て、足を運ぶことが通常期待される。

 

 

 そして、本件事故の直接の原因は、労働者が階段をおりるに当たって、階段の状況をよく認識せず、自らの足元を注意して見て足を運ばなかったことにある。

 

 

 そのため、会社には、安全配慮義務違反は認められないとされました。

 

 

 これに対して、控訴審では、判断が覆り、会社の安全配慮義務違反が認められました。

 

 

 すなわち、労働者が雨の影響によって滑りやすくなった階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いておりる場合、本件階段は、労働者が安全に使用することができる性状を客観的に欠いていた状態にあったと判断しました。

 

 

 そして、会社は、本件階段に滑り止めの加工をしたり、雨の際には滑りやすい旨の注意を促したり、裏面が摩耗していないサンダルを用意するなど、労働者が本件階段を安全に使用することができるように、配慮すべき義務を負っていたが、何も安全対策をとっていなかったとして、安全配慮義務違反が認められました。

 

 

3 過失相殺

 

 

 

 この事件では、控訴審で、会社に対して、安全配慮義務違反が認められましたが、労働者の過失が認定されました。

 

 

 すなわち、労働者は、本件階段が雨に濡れた状態であることに注意を払わず、漫然と階段をおりたことが、本件事故の発生に、相当程度寄与していたと判断されました。

 

 

 このように、労災事故の発生に、労働者の落ち度が関わっている場合、労働者の落ち度の割合に応じて、損害賠償の金額が減額されます。

 

 

 この事件では、労働者の過失割合は4割であるとして、最終的には、321万円に損害賠償請求が認められました。

 

 

 このように、転倒の労災事故では、会社が安全対策を何もしていなかった場合、安全配慮義務違反が認められて、会社に対する損害賠償請求が認められる場合があります。

 

 

 転倒の労災事故でお悩みの方は、ぜひ弁護士へご相談ください。

 

 

 弁護士は、労災事故について、適切なアドバイスをしてくれます。