労災における安全配慮義務違反とは?会社を損害賠償請求で訴えることはできるのか?【弁護士が解説】
会社で労災事故に巻きこまれてしまい、ケガをして入院しました。
会社からは、労災保険を使わないでほしいなど言われ、不誠実な対応をしてきたことが許せず、会社に対して、損害賠償請求をしたいです。
労災事故について、会社に対して、損害賠償請求をするためには、どうすればいいのでしょうか。
結論から先に言いますと、会社に、労災事故について、安全配慮義務違反が認められる場合、損害賠償請求することができます。
今回は、労災の安全配慮義務について、わかりやすく解説していきます。
1 労災保険からの補償では足りない?
⑴ 労災保険からの補償内容
まず、労災事故に巻き込まれて、負傷した場合、必ず、労災申請をしてください。
労災申請をして、労災と認定された場合、労災保険から次のような補償を受けられます。
①療養補償給付
労働者が労災事故にまきこまれて、けがをした場合、労災保険から、治療費の全額が支給されます。
ようするに、治療費が無料になるのです。
労災保険からの治療費の支給を、療養補償給付といいます。
労災保険から、治療費が全額支給されることで、安心して、治療に専念することができるのです。
②休業補償給付
労災事故の後に、ケガの治療のために、働けない場合、労災保険から、給料の約80%の補償金が支給されます。
この補償制度のことを、休業補償給付といいます。
ケガの治療のために、会社を休業していても、労災保険から、給料の約80%が補償されるので、安心して治療に専念することができるのです。
③障害補償給付
仕事中にけがを負い、治療を続けたとしても、現代の医学では、これ以上、症状がよくならなくなる時点をむかえます。
これを、症状固定といいます。
症状固定時点で、残ってしまった悪しき症状で、労働能力の喪失を伴うものを、後遺障害といいます。
労災事故によって後遺障害が残ったとしても、後遺障害と認定されれば、労災保険から、後遺障害の等級に応じた補償を受けることができます。
労災保険における、後遺障害に対する補償を、障害補償給付といいます。
障害補償給付が支給されることで、後遺障害によって、労働能力が失われたことによる収入の減少に対する補償がなされ、今後の生活が安定します。
⑵ 労災保険からの補償では足りない損害
①慰謝料
労災事故に巻き込まれたことによって、被った精神的苦痛に対する慰謝料は、労災保険からは、支給されません。
そのため、労災保険から支給されない慰謝料について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
労災保険における慰謝料としては、ケガの場合、入通院慰謝料と、後遺障害慰謝料の2つがあります。
入通院慰謝料は、労災事故のケガによる入院の期間と通院の期間から、慰謝料の金額が算出されます。
後遺障害慰謝料は、後遺障害の等級に応じて、慰謝料の金額が算出されます。
②逸失利益
労災事故によるけがによって、後遺障害が残った場合、労働者の労働能力が一定程度失われて、収入が減少します。
後遺障害がなければ、本来もらえるはずであったにもかかわらず、後遺障害によって、将来もらえなくなってしまった収入の損害を、逸失利益といいます。
労災保険の障害補償給付から、逸失利益の一部が補償されますが、逸失利益の全部が補償されるわけではありません。
労災保険の障害補償給付では足りない、逸失利益の損害について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。
このように、労災保険から補償されない損害や、足りない損害について、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討することになります。
2 労災の安全配慮義務とは?
労災事故で、会社に対して、損害賠償請求ができる場合とは、会社に、安全配慮義務違反が認められる場合です。
安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務のことをいいます。
労災事故の場合、会社が、労働安全衛生法令やガイドラインに違反していた場合、安全配慮義務違反が認められます。
すなわち、労働安全衛生法令やガイドラインには、会社が労災事故を防止するために、行うべきことが規定されており、それに違反した場合には、会社が安全対策を怠ったとして、安全配慮義務違反が認められるのです。
3 労災の安全配慮義務違反の具体的内容
それでは、業種ごとに、どのような安全配慮義務違反が認められるのかについて解説します。
⑴ 製造業の安全配慮義務違反
工場で機械を操作して、商品を製造していた時に、機械に指が挟まれたという労災事故が発生したとしましょう。
労働安全衛生規則101条には、機械の原動機、回転軸、歯車、ベルト等の労動者に危険を及ぼすおそれのある部分には、覆い、囲い等を設置しなければならないと規定されています。
そのため、機械の危険な箇所に覆いや囲いが設置されておらず、労動者が機械によって負傷した場合、会社に安全配慮義務違反が認められます。
⑵ 建設業の安全配慮義務違反
建設現場で、労動者が高所で作業をしていて、転落したとしましょう。
労働安全衛生規則519条には、次のように規定されています。
「事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆い等(以下この条において「囲い等」という。)を設けなければならない。
2 事業者は、前項の規定により、囲い等を設けることが著しく困難なとき又は作業の必要上臨時に囲い等を取りはずすときは、防網を張り、労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。」
すなわち、会社は、高さ2メートル以上の場所で、労働者に作業をさせる場合、墜落防止のための囲い等を設置しなければならず、囲い等を設置できない場合には、防網を張り、労働者に安全帯を使用させなければならないのです。
そのため、会社は、高さ2メートル以上の場所で、労働者に作業をさせる際に、囲い等を設置していなかったり、安全帯を使用させていなかった場合、安全配慮義務違反が認められます。
⑶ 運送業の安全配慮義務違反
トラックの荷台から荷物が荷崩れして、荷物の下敷きになったという労災事故が発生したとしましょう。
労災事故が発生した当時、会社が作業手順書を作成していなかったり、会社が荷物の固定の方法について適切な指導をしていなかった場合には、会社は、荷崩れによる労災事故を防止するための安全対策を怠ったとして、安全配慮義務違反が認められます。
4 労災の安全配慮義務違反で会社に損害賠償請求する方法
会社に対する安全配慮義務違反の検討をした結果、会社の安全配慮義務違反が認められる可能性がある場合、会社に対して、損害賠償請求をします。
会社に対して、損害賠償請求をする場合、まずは、示談交渉をし、示談交渉がまとまらなかった場合には、裁判を提起します。
⑴ 示談交渉
労災事故について、会社に安全配慮義務違反が認められる可能性が高い場合に、会社に対して損害賠償請求をしますが、いきなり裁判を提起することはしません。
まずは、労働者の代理人の弁護士が、会社に対して、損害賠償請求の通知書を送付します。
すると、会社側にも代理人の弁護士がつき、代理人間で示談交渉を重ねます。
代理人間で示談交渉を重ねた結果、会社が労働者に対して、いくらかの損害賠償金を支払うことで示談が成立することがあります。
このように、労災事故の損害賠償請求が示談交渉で解決する最大のメリットは、裁判を経ることなく、事件が速く解決することにあります。
すなわち、労働者は、労災事故にまきこまれて、ただでさえ、苦しい状況であるにもかかわらず、会社に対する損害賠償請求が長引きますと、精神的な負担が続くのですが、示談交渉で損害賠償請求が速く解決することで、この精神的な負担から速く解放されます。
精神的な負担から速く解放されることで、未来に向けた、前向きな第一歩を踏み出すことができるのです。
労災事故のトラブルによる精神的な負担から速く解放されるメリットは、とても大きいといえます。
⑵ 裁判の提起
労災事故の損害賠償請求について、示談交渉をしたものの、会社側から、納得できる水準の損害賠償金額が提示されないことがあります。
このような場合、示談交渉では解決できませんので、会社に対する損害賠償請求の裁判を提起することになります。
裁判を起こして、労災事故の損害賠償請求をして、判決に至った場合、判決まで1年以上の時間はかかります。
そのため、裁判を提起すると、解決まで時間がかかるというデメリットがあります。
しかし、判決で、損害賠償請求が認められた場合、損害賠償請求に加えて、遅延損害金(支払い期限に遅れてしまった場合に、損害賠償として支払うべき損害金のこと)も認められるので、示談交渉によって支払われる損害賠償の金額よりも、判決で認められる損害賠償の金額の方が高くなる可能性があります。
そのため、時間がかかってもよいので、会社からなるべく多くの損害賠償金をもらいたい場合には、示談交渉で解決するのではなく、裁判を提起することになります。
5 まとめ
以上まとめますと、労災保険からの補償では足りない損害については、会社に対して、損害賠償請求を検討します。
労災事故で会社に対して損害賠償請求をするためには、会社に安全配慮義務違反が認められる必要があります。
労災事故で会社に安全配慮義務違反が認められるためには、会社に労働安全衛生法令やガイドライン違反が認められる必要があります。
労災事故の損害賠償請求では、安全配慮義務違反の検討や、損害の計算に、専門的な知識が必要になりますので、弁護士に法律相談をすることをおすすめします。
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