過労自殺が労災と認定されるためにご遺族にできること【弁護士が解説】
20代の子供が仕事を苦に自殺してしまいました。
子供が残した遺書や同僚の話によりますと、上司からひどいパワハラを受けていたようで、過酷な長時間労働もしていたようです。
子供の自殺は仕事が原因だと思うのですが、労災と認められるのでしょうか。
結論から先にいいますと、1ヶ月の残業が100時間程度であり、上司からのパワハラを証明できれば、労災と認定されます。
また、会社が長時間労働やパワハラを放置していたならば、会社に対する損害賠償請求が認められる可能性があります。
今回は、過労自殺の労災認定と、会社に対する損害賠償請求について、わかりやすく解説します。
1 精神障害の労災認定状況
過労自殺とは、仕事が原因で精神障害を発症し、その精神障害が原因で自殺することをいいます。
すなわち、過労自殺といえるためには、精神障害を発症していることが必要になります。
そして、仕事が原因で精神障害を発症して、自殺した場合、労災と認定される可能性があります。
厚生労働省が公表している、「精神障害の労災補償状況」という資料によれば、年々、精神障害の労災申請の件数は増加しており、令和5年度の労災申請件数は、3,575件と過去最高を更新しました。
精神障害の労災申請件数が増加している原因として、職場におけるパワハラが蔓延していることが考えられます。
精神障害の労災申請をして、労災と認定される割合ですが、概ね30~35%です。
2 精神障害の労災認定基準
過労自殺が労災と認定されるためには、精神障害の労災認定基準に記載されている要件を全て満たす必要があります。
具体的には、①対象疾病である精神障害を発病していること、②対象疾病の発病前概ね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること、③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと、という3つの要件を全て満たす必要があるのです。
⑴ 対象疾病である精神障害を発病していること
どんなに強いストレスや過重労働があったとしても、そもそも、精神障害を発病していないと判断されてしまっては、労災認定を受けることができません。
すなわち、過労自殺において、労災と認定されるためには、自殺の原因となっている精神障害を発病していることが前提となります。
対象疾病である精神障害とは、具体的は、うつ病、双極性感情障害、パニック障害、急性ストレス反応、適応障害といった病気です。
⑵ 対象疾病の発病前概ね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
仕事が原因で精神障害を発病する場合、仕事において、心理的負荷にさらされていることがほとんどです。
そこで、精神障害を発病するような、強い心理的負荷を生じされる出来事が存在していることが、精神障害の労災認定では重要になります。
厚生労働省が公表している、「心理的負荷による精神障害の認定基準」には、別表1として、「業務による心理的負荷評価表」が添付されており、この「業務による心理的負荷評価表」に記載されている、具体的出来事に当てはまる出来事があったか、具体的出来事があった場合に、その心理的負荷が、弱、中、強のどの強度に該当するのかを検討します。
そして、精神障害を発症した労動者が体験した具体的出来事の心理的負荷が強に該当すれば、業務による強い心理的負荷が認められます。
また、心理的負荷のある出来事があるかどうかについての評価対象期間は、原則として、精神障害の発病前6ヶ月間となっています。
⑶ 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
仕事以外のプライベートな活動において、強い心理的負荷があったり、労動者の精神障害の既往歴等が原因で、精神障害を発病していないことが必要になります。
具体的には、離婚した、家族が死亡した、災害や犯罪に巻きこれまた、若い頃から精神障害の発病と寛解を繰り返している、重度のアルコール依存症であることが、これに当たります。
もっとも、労災認定の実務においては、①と②の要件を満たすのであれば、③の出来事があっても、その出来事の心理的負荷が特に強いものでない限り、労災と認定される傾向にあります。
3 精神障害の労災認定のポイント
⑴ 精神障害の発病の立証
過労自殺した被災労働者が、生前に、精神科等の病院に通院していたのであれば、その病院のカルテを取り寄せることで、精神障害を発病していたことを立証するのは容易です。
しかし、過労自殺した被災労働者が、生前に、精神科等の病院に通院していなかった場合、いつどのような精神障害を発病していたのかを立証する必要があります。
このような場合であっても、関係証拠から、被災労働者が死亡当時、対象疾病に該当する精神障害を発病していたと認められれば、精神障害の発病があったと認定される可能性があります。
例えば、うつ病の場合、被災労働者に、抑うつ気分、興味と喜びの喪失、疲れやすい、睡眠障害、食欲不振といった症状が存在していたことが必要となります。
そこで、被災労働者と同居していた家族に、被災労働者に、生前、このような症状が存在していなかったかを聞き取り調査します。
被災労働者が、スマホでSNS等に、死にたい、疲れた、眠れない等と書き込みをしていれば、精神障害を発病していたことの証拠になります。
また、被災労働者の遺品の中に、病院の診察券があり、被災労働者が精神科以外の他の内科に通院していた場合、その内科のカルテを取り寄せることで、うつ病の症状があったことを証明できることもあります。
そのため、被災労働者が生前に、精神科に通院していなくても、残っている証拠から、精神障害を発病していたことを立証できないかを検討します。
⑵ 長時間労働の立証
精神障害の労災認定基準では、精神障害の発病前6ヶ月間にあった具体的出来事の心理的負荷が「中」であっても、1ヶ月100時間程度の残業をしていた場合、心理的負荷が「強」と評価されます。
そのため、心理的負荷が「強」の出来事がなかったとしても、1ヶ月100時間程度の残業があれば、心理的負荷が「強」となり、労災と認定される可能性があるのです。
そこで、精神障害の発病前6ヶ月間のどこかの時点で、1ヶ月100時間程度の残業をしていたことを立証することが重要になります。
この1ヶ月100時間の残業を証明するために、長時間労働をしていたことがわかる証拠を、いかに確保するのかが重要になってきます。
タイムカードで、労働時間が管理されている会社であれば、タイムカードが確保できれば、長時間労働の実態を証明することができます。
タイムカードがない会社であれば、パソコンのログデータ、会社の入退館記録、メールの送信時刻、日報等の証拠がないかを検討します。
特に、パソコンのログデータは、時間が経過すると自然に消えることもあれば、会社が別の人にパソコンを使用させるために、以前のデータを全て消去してしまうこともあり、迅速に確保する必要があります。
このように、時間が経過するとデータが消えそうな証拠を確保する場合に、証拠保全という裁判手続を行い、裁判官と共に、会社へ行き、その場で証拠を確保することを検討します。
⑶ パワハラの立証
精神障害の労災申請で最も多いのが、パワハラです。
精神障害の労災認定基準では、次のようなパワハラの場合に、心理的負荷が「強」と評価されます。
①上司等から,治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた場合
②上司等から,暴行等の身体的攻撃を執拗に受けた場合
③上司等から,人格や人間性を否定するような,業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃が執拗に行われた場合
④上司等から,必要以上に長時間にわたる厳しい叱責,他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など,態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃が執拗に行われた場合
⑤心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃,精神的攻撃等を受けた場合であって,会社に相談しても適切な対応がなく,改善されなかった場合
実務で最も多いのは、言葉による暴力のパワハラで、③や④の場合ですが、労災と認定されるためには、「執拗に」行われていたことを立証する必要があります。
すなわち、複数回、言葉の暴力を受けていたことを立証しなければならないのです。
言葉の暴力のパワハラを立証するためには、録音するのが最も効果的です。
パワハラを受けている場合には、必ず、録音するようにしてください。
4 労災申請の流れ
⑴ 労働基準監督署へ労災申請
被災労働者が精神障害を発病して、過労自殺してしまった場合、ご遺族は、遺族補償給付と葬祭料の請求をすることができます。
遺族補償給付の請求をする際には、労災保険の様式第12号、葬祭料の請求をする際には、様式第16号を使用します。
労災保険の各請求書は、こちらの厚生労働省のホームページから入手できます。
⑵ 労働基準監督署による調査
労災申請の請求書を受理した労働基準監督署は、心理的負荷のある具体的出来事があるのか、具体的出来事の心理的負荷の強度はどれくらいか、業務以外の心理的負荷があるのか等について、ご遺族や会社関係者から聞き取り調査を実施します。
また、労働基準監督署は、被災労働者が精神障害を発病していたのかについて、主治医や労災医員に意見を求めます。
⑶ 労災保険の支給決定
労働基準監督署は、調査の結果、被災労働者の精神障害の発病は、仕事が原因であると判断した場合、労災と認定し、ご遺族に対して、労災保険の支給決定を通知します。
労働基準監督署から、ご遺族のもとに、ハガキが届き、労災と認定されたか否か、いくらの支給を受けられるのかが分かります。
労災保険の支給決定の通知と共に、ご遺族が、労災申請の請求書に記載した預金口座に、労災保険から、支給金が振り込まれます。
なお、労働基準監督署が、労災とは認定できないと判断して、不支給決定の通知をする場合もあります。
労災保険の不支給決定の通知を受けた場合、ご遺族は、労災保険の不支給決定に対して、審査請求という、不服申立て手続きをすることができます。
審査請求をするには、労働基準監督署から、労災保険の不支給決定の通知を受け取った日の翌日から3ヶ月以内に申立てをしなければなりません。
審査請求の手続きにおいて、労働基準監督署の決定を覆すのは、ハードルが高いため、労災に詳しい弁護士に法律相談をすることをおすすめします。
5 労災保険からの補償
過労自殺の場合、労災と認定されれば、労災保険から、遺族補償給付と葬祭料が支給されます。
⑴ 遺族補償給付
被災労働者が死亡した当時、その労働者の収入によって生計を維持していたご遺族に対して、補償金が支給されます。
死亡した労働者と同居していた場合、生計を維持していたご遺族に該当します。
また、死亡した労働者の収入によって生計の一部を維持していた、共稼ぎであっても、遺族補償給付が支給されます。
そして、ご遺族に対して、遺族補償給付として、①遺族補償年金、②遺族特別年金、③遺族特別支給金が支給されます。
例えば、死亡当時の年齢が40歳の労働者、年収が約500万円で、死亡前3ヶ月間の平均賃金日額(給付基礎日額といいます)が1万4000円、年間賞与が約73万円、ご遺族が妻及び子供2人(17歳と14歳)のケースで考えてみましょう。
遺族補償年金は、ご遺族の数によって、支給される給付基礎日額の日数分が変わり、支給される金額が変わります。
今回のケースの場合、ご遺族は3名なので、①遺族補償年金は、給付基礎日額の223日分が支給されるので、1万4000円×223日分=312万2000円が、1年間で支給される遺族補償年金の合計額となります。
また、②遺族特別年金も、ご遺族の数によって、年間賞与の金額を365日で割って計算される、算定基礎日額の日数分が変わり、支給される金額が変わります。
今回のケースの場合、ご遺族は3名なので、遺族特別年金は、算定基礎日額の223日分が支給されるので、算定基礎日額は、73万円÷365日=2000円となり、2000円×223日分=44万6000円が、1年間で支給される遺族特別年金の合計額となります。
遺族補償年金と遺族特別年金は、毎年偶数月の中旬に、2ヶ月分がまとめて支給されます。
また、③遺族特別支給金として、はじめに一時金300万円が支給されます。
このように、遺族補償給付が支給されることで、ご遺族の今後の生活が一定程度安定します。
⑵ 葬祭料
葬祭を執り行ったご遺族に対して、葬祭料が支給されます。
今回のケースの場合、給付基礎日額の60日分が、葬祭料として支給されますので、1万4000円×60日分=84万円が支給されます。
6 会社に対する損害賠償請求
過労自殺が労災と認定された後に、会社に対して、損害賠償請求をすることを検討します。
特に、労災事故の後に、会社がご遺族に対して、誠意ある対応をしなかった場合、ご遺族が、会社に対して、損害賠償請求をすることが多いです。
また、労災保険の遺族補償給付だけでは、被災労働者が本来もらえたはずの収入(逸失利益といいます)の全てをまかなうことができません。
さらに、労災保険には、慰謝料に相当する支給はありません。
そのため、労災保険からの支給では不足する逸失利益や、労災保険から支給されない慰謝料について、会社に対して、損害賠償請求をすることを検討します。
⑴ 安全配慮義務
労災事故について、会社に対して、損害賠償請求をするためには、会社に、安全配慮義務違反が認められる必要があります。
安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように、会社が配慮する義務をいいます。
長時間労働を原因とする、安全配慮義務として、会社は,労働者が過重な労働によって健康を害することがないように,労働時間を適正に管理して,適切な労働条件を措置すべき義務を負っています。
そのため、会社が、長時間労働をさせていることを認識していながら、その負担を軽減するために、労働時間を削減したり、休暇を与えるといった措置を何もしていなかった場合には、安全配慮義務違反となります。
また、パワハラの安全配慮義務としては、パワハラの事実の有無・内容についての迅速かつ積極的な調査や、加害者に対する注意指導や異動などの適切な措置がなされなかった場合、パワハラの防止措置を怠ったとして、安全配慮義務違反となります。
⑵ 逸失利益
死亡による逸失利益は、年収×(1-生活費控除率)×就労可能年数に対応するライプニッツ係数、という算定方式で計算されます。
生活費控除率は、死亡した労働者の生活費がかからなくなるために、その生活費を控除するための割合のことです。
すなわち、労災事故によって死亡すると、働けなくなるので、収入は得られなくなりますが、その代わり生活費がかからなくなるため、逸失利益の計算の際には、本来かかるはずの生活費が、かからなくなる分を差し引くことになります。
先ほどの家族のケースの場合、一家の支柱が死亡して、被扶養者が2名以上の場合の生活費控除率は、30%です。
就労可能年数は、通常、67歳までとされています。
ライプニッツ係数は、労災事故の被害者が将来受け取るはずの収入を、現時点の価値に換算するときに使われるものです。
すなわち、逸失利益では、将来にわたる損害賠償金を一度に受け取ることになるので、利息を差し引くことになるのです。
ようするに、一度に受け取ったお金を運用すれば、利息が増えため、現在請求できる金額は、将来もらえるはずの金額からそれまでの利息分を控除した金額になるのです。
先ほどの家族のケースでは、ライプニッツ係数は、18.7641となります。
先ほどの家族のケースで、逸失利益を計算すると、500万×(1-0.3)×18.7641=6567万4350円となります。
このように計算した逸失利益から、これまでに受給した遺族補償年金が控除されます。
なお、遺族特別年金と遺族特別支給金は、逸失利益から控除されません。
また、将来支給される遺族補償年金も、逸失利益から控除されません。
⑶ 慰謝料
労災事故で、一家の支柱が死亡した場合、2800万円の慰謝料を請求できます。
また、労災事故で、母親や配偶者が死亡した場合、2500万円の慰謝料を請求できます。
それ以外の方が、労災事故で死亡した場合、2000万円から2500万円の慰謝料を請求できます。
このように、被災労働者が過労自殺した場合、ご遺族は、証拠を集めたうえで、労災申請をして、労災と認定された後に、会社に対する損害賠償請求を検討します。
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