熱中症が労災の場合に損害賠償請求できますか?【弁護士が解説】

Q 仕事中に熱中症を発症した場合、会社に対して、損害賠償請求をすることは可能でしょうか?

 

 

A 会社が熱中症の対策を何もしていなかった場合、安全配慮義務違反に該当し、会社に対して、損害賠償請求できることがあります。

 

 

 

1 熱中症とは

 

 

厚生労働省が公表している、令和4年度の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によりますと、令和4年の職場における熱中症の死傷者は827人で、全体の約4割が建設業と製造業です。

 

 

 また、熱中症による死亡者数は30人であり、建設業や警備業で多く発生しています。

 

 

 猛暑日が続く夏場に、屋外で肉体労働をしていると、熱中症を発症しやすいといえます。

 

 

 熱中症とは、高温多湿な環境下において、体内の水分及び塩分のバランスが崩れたり、循環調節や体温調節などの体内の重要な調整機能が破綻するなどして、発症する障害の総称のことです。

 

 

 熱中症の具体的な症状としては、めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐・倦怠感・虚脱感、意識障害・痙攣・手足の運動障害、高体温等があげられます。

 

 

 熱中症を発症すると、重篤な後遺障害が残ったり、最悪、死に至ることもありえます。

 

 

 それでは、仕事中に熱中症を発症した場合、労働者は、どうすればいいのでしょうか。

 

 

2 熱中症の労災申請

 

 

 

 最初にすべきことは、労災の申請です。

 

 

 仕事中に熱中症を発症したことについて、労災と認定されれば、労災保険から補償を受けることができます。

 

 

 具体的には、治療費が全額、労災保険から支給されます。

 

 

 治療のために、会社を休業していても、給料の約8割分が、労災保険から支給されるので、安心して治療に専念できます。

 

 

 他にも、熱中症の後遺障害が残った場合には、後遺障害の等級に応じた補償を受けることができます。

 

 

 このように、仕事中に熱中症を発症したことが労災と認定されることで、労災保険から補償を受けられ、労働者の生活の不安は、一定程度、軽減されます。

 

 

 熱中症の労災申請については、こちらの記事をご参照ください。

 

 

https://kanazawa-rousai.com/qa20210815

 

 

3 熱中症の損害賠償請求

 

 

 次に、仕事中に熱中症を発症したことについて、会社に対して、損害賠償請求ができないかを検討します。

 

 

 熱中症を発症して、後遺障害が残った場合、労災保険から、障害補償給付が支給されますが、労災保険の障害補償給付では、労働者に生じた損害の全てを賄うのには不十分です。

 

 

 また、労災保険から、慰謝料に相当する給付はありません。

 

 

 このように、労災保険からの補償だけでは、労働者に生じた全ての損害を賄うことができませんので、労災保険の補償では足りない分の損害について、会社に対して、損害賠償請求することを検討する必要があります。

 

 

 労災事故で、会社に対して、損害賠償請求をするためには、会社に、安全配慮義務違反が認められる必要があります。

 

 

 安全配慮義務とは、労働者の生命・健康を危険から保護するように配慮する、会社の義務です。

 

 

 会社に安全配慮義務違反が認められるためには、厚生労働省が公表している、労働関係の法令で示された基準を、会社が遵守していない、または、違反している事実が必要になります。

 

 

 そして、熱中症について、厚生労働省は、平成21年6月19日に、「職場における熱中症の予防について」(基発第0619001号)という通達を公表しています。

 

 

 この通達には、熱中症の予防対策として、以下のことが記載されています。

 

 

 ①作業環境管理

 WBGT値(暑さ指数)の測定、通風や冷房を行うための設備を設ける等の温度・湿度の低減努力措置、飲料水が備え付けられた休憩場所の整備

 

 

 ②作業環境

 作業時間の短縮、熱への順化(熱に慣れ当該環境に適応すること)、水分及び塩分の摂取、透湿性及び通気性のよい服装を着用させること、作業中の巡視

 

 

 ③健康管理

 健康診断の実施、労働者への健康管理指導、作業開始前の労働者の健康状態の確認

 

 

 ④労働衛生教育

 労働者に対する熱中症の症状、予防方法、緊急時の救急措置等についての労働衛生教育

 

 

 具体的には、会社は、WBGTという暑さ指数の基準値を超える環境で、労働者を働かせないように努めるべきで、仮に、この基準値を超える環境で作業をさせる場合には、温度・湿度の低減措置、作業時間の短縮、作業時刻の変更等の措置を行うべきです。

 

 

そして、会社がこのような措置をとらずに、労働者が仕事中に熱中症を発症した場合、会社は、安全配慮義務違反に該当し、損害賠償責任を負うことになります。

 

 

 ここで、実際の裁判例を紹介します。

 

 

 大阪高裁平成28年1月21日判決です。

 

 

 

 この事件では、造園業の会社に雇用されて、気温39℃、湿度45%で、WBGT値が33℃の危険値の現場において、伐採・清掃作業中に熱中症を発症して死亡した労働者の遺族が、会社に対して、安全配慮義務違反の損害賠償請求を提起しました。

 

 

 裁判所は、この事件における会社の安全配慮義務について、次のように判断しました。

 

 

 「日頃から高温環境下において作業員が具合が悪くなり熱中症と疑われるときは、作業員の状態を観察し、涼しいところで安静にさせる、水やスポーツドリンクなどを取らせる、体温が高いときは、裸体に近い状態にし、冷水を掛けながら風を当て、氷でマッサージするなど体温の低下を図るといった手当を行い、回復しない場合及び症状が重い場合などは、医師の手当てを受けさせること等の措置を講ずることを教育していく義務があったというべきである。」

 

 

 そして、現場監督者が、被災した労働者の具合が悪くなったことを認識した後、被災した労働者の状態を確認しておらず、高温環境を脱するために適切な場所での休養をさせることをせず、そのまま現場に放置し、熱中症による心肺停止状態に至る直前まで、救急車を呼ぶ等の措置をとらなかったことから、会社は、現場監督者に対して、労働安全教育をしていないとして、安全配慮義務違反が認められました。

 

 

 結果として、会社に対して、36,070,835円の損害賠償請求が認められました。

 

 

 このように、仕事中に熱中症を発症した場合、会社が熱中症対策を何もしていなかったならば、会社に対して、損害賠償請求ができることがあります。

 

 

 仕事中に熱中症を発症して、会社に対して、損害賠償請求を検討している場合には、弁護士にご相談ください。

 

 

 弁護士は、熱中症の労災申請や、損害賠償請求について、適切なアドバイスをしてくれます。